ジョン・レノン「ビートルズ後」の音色──解説:大江千里
SONGS AFTER THE BEATLES
『ダブル・ファンタジー』(1980年)
1975年にショーンが生まれ、音楽活動からは離れて子育てに専念するジョン。「ウーマン」のミュージックビデオに出てくるショーンを背負ったジョンの姿やビーチで親子で砂遊びをする様子を見ると「これで良かったんだな」と思える。
先行シングル「スターティング・オーヴァー」は、5年間「主夫」だったジョンの音楽活動再開にぴったりのエネルギーに満ちた曲だ。1980年12月5日に日本で発売され、ジョンはその3日後に凶弾に倒れる。
アルバム(ジャケット撮影は篠山紀信)に収められた作品は言葉とメロディーとアレンジがあまりに整備され過ぎていて不吉な影さえ感じる。ジョンにとって5年ぶりのスタジオ録音となったこの作品はヨーコとの共作で、それぞれが半分ずつを作曲し、ほぼ交互に収録されている。
なぜジョンのアルバムにヨーコが存在感を持って登場するのだという厳しい意見や反発もある。そういう人はヨーコの曲を飛ばして聴けばいい。ジョンはフルチャージで再びの音楽活動に意欲と充実を見せている。ショーンやヨーコへの思い、長い時間を経てたどり着いた完璧な和、浄化の時──。ニューヨークのスタジオミュージシャンのビートルズ再現度は半端ないが、彼らが進化したジョンをしっかり支えている。
僕がジョンの曲の中で一番愛してやまない「ウーマン」が「死後」最初のシングル曲になった。なんと15分で書いた曲らしいが、うなずける。名曲とはそういうものだ。
『ミルク・アンド・ハニー』(1984年)
『ダブル・ファンタジー』の続編といってもいい。ジョンが殺害される直前までレコーディングが続けられていたアルバムなのだから。
ジョンとヨーコが半々くらいの構成の曲で、ジョンの曲はヨーコが編集した。「グロー・オールド・ウィズ・ミー」だけはダコタハウスにある自宅録音のデモに、新たにリバーブなどのエフェクトがなされたもの。ジョンのスタジオ録音のアルバムは『ダブル・ファンタジー』までの7枚プラスこの『ミルク・アンド・ハニー』だ。
思えば、重厚なアレンジよりも『ジョンの魂』の頃のようなシンプルな演奏のほうがジョンの曲には合っているような気がする。実際、ヨーコと離れている時期に制作したものは音楽的に評価されて売れてもいる。
生前のジョンは、ビートルズの中で一番人気がなかった。ナンバーワンを作るぞと意気込んで作った「パワー・トゥ・ザ・ピープル」もチャートでは全米11位と振るわなかった。ジョンが語られるときにアーティストの側面ばかりが強調されるが、商業的なことにも頓着し他人の目を気にし、常にマーケットの中心にいようとし続けた軌跡が、くしくもスタジオで残した8枚の中に見え隠れするのがチャーミングだ。
音で遊ぶ天才の、聖人君子じゃない「弱さ」「正直さ」を隠さぬ歌詞。ヨーコが集めたカケラはジョンの判断で決められたものではない。そういう耳で聴く最後のアルバムが『ミルク・アンド・ハニー』。本当の続きが聴きたい。
<2020年12月15日号「ジョンのレガシー」特集より>