最新記事

ジョンのレガシー

ジョン・レノン「ビートルズ後」の音色──解説:大江千里

SONGS AFTER THE BEATLES

2020年12月9日(水)18時45分
大江千里(ジャズピアニスト)

『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』(1972年)

magSR201208_John3.jpg

APPLE

この作品では直接的な歌詞で人種問題や性差別問題、北アイルランド紛争やベトナム戦争の反戦運動を行っていた反体制活動家のジョン・シンクレアに関する曲を歌い上げている。裸踊りするニクソンと毛沢東の合成写真や、新聞的なデザインのジャケットが目を引く。このアルバムではニューヨークのローカルバンド、エレファンツメモリーがバックを務めた。

ジョンというよりはヨーコとジョンのアルバムで、ジョンのソロ時代の研究材料として非常に面白い。おそらくジョンは、ヨーコによって救われ彼女の存在を通して音楽家として蘇生している。反対にヨーコは音楽家としての欲求は高いけれど、ジョンをもってしても力に限界が見える。

ジョンはプラスティック・オノ・バンドでアルバムの通気性をよくして、ヨーコが世に認められるようにフォローアップするが、微妙な仕上がりが続く。確かに放送禁止用語まで使った「女は世界の奴隷か!」に見て取れる、時代を読む目や話題作りにおいてヨーコは天才だが、「シスターズ・オー・シスターズ」のように彼女が表に出過ぎると曲の稚拙さが浮き彫りになる。「アンジェラ」も共作だが、オルガンソロにジョンらしいクリシェが見え隠れして一瞬はホッとするがヨーコが出てくると音楽として成立しない。

政治的な問題への傾倒が激し過ぎた側面もあるが、ヨーコを音楽家として前へ出した失敗が大きく、チャートも振るわなかった。

『マインド・ゲームス』(1973年)

magSR201208_John5.jpg

APPLE

タイトル曲にも表れているように「平和主義」を貫く姿勢は変わらない。アルバムのリリース前にヨーコと架空の国家「ヌートピア」の建国を宣言したジョン。アルバムの中にも無音が6秒間続く同国の国歌「ヌートピア国際賛歌」がある。しかしジョンは、アルバムが出来上がったかどうかのタイミングでヨーコと別離し、中国系女性と「失われた週末」と呼ばれる時期をロサンゼルスで過ごす。

前作『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』はヨーコ色が強過ぎた。音楽性を引き戻すために、マイケル・ブレッカー(サックス)やジム・ケルトナー(ドラムス)など、ニューヨーク名うての一流ミュージシャンが参加して軌道修正を行ったきらいがある。

僕の仮説だが、『マインド・ゲームス』は前に書き下ろした素材で、補作詞をする形で復活させたのではないか。「マインド・ゲームス」は平和を訴えるメッセージと、ヨーコとのボタンの掛け違いのダブルミーニングか。彼女に直接言えない思いを「あいすません」でひたすら謝り、「ユー・アー・ヒア」で「リバプールから東京へ会いに行きたい」と吐露する──。

よくまとまっているアルバムだが、シンガーソングライターとしてのジョンがぼやける。ヨーコを失う前後の混乱、嫉妬、平凡な男としてのジョンが暴れている。離れる前から「あ、ヨーコに戻る」と思う伏線が興味深い。『ダブル・ファンタジー』につながる導線として貴重な要チェックアルバムだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、東部要衝都市を9割掌握と発表 ロシアは

ビジネス

ウォラーFRB理事「中銀独立性を絶対に守る」、大統

ワールド

米財務省、「サハリン2」の原油販売許可延長 来年6

ワールド

中国、「ベネズエラへの一方的圧力に反対」 外相が電
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 10
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中