コラム

中国外交トップ「チンピラ発言」の狙いは自分の出世?

2021年03月23日(火)12時33分

国内の点数稼ぎのため米中関係を根底から壊す

それでは楊氏は一体何のために、上述のような国内反響を狙って、外交の場を利用しての「反米演出」を行なったのか。

そこにはおそらく、2つの次元の違う思惑があっただろう。1つは楊氏の個人的な思惑である。前述のような分かりやすい表現を使ってアメリカ人を叱ったことで、普段国内で存在感の薄い彼は一夜にして中国国内の大スター、注目の的、民族の英雄のように嵐のような喝采拍手を受ける身となった。中国の「愛国強硬外交」のシンポルとなった感がある楊氏が、来年秋に予定されている党大会において「更上一層楼(さらにワンランク上を行く)」の政治的躍進を遂げる可能性がないわけでない。少なくとも、現在の習近平政権が続く限り、外交を統括するトップとしての彼の地位はより一層、揺るぎのないものとなっていくはずである。

もう1つは、今年7月の中国共産党建党100周年に向かっての政権全体の思惑であろう。すでに始まっている建党100周年の宣伝キャンペーンにおいて、中国人民を率いて近代以来の屈辱を精算し、中国を世界の強国に発展させたのは中国共産党の偉大なる業績の1つとして褒め称えられている。楊氏が世界最強国のアメリカの高官を堂々と面罵したことは、まさに共産党の偉大なる業績を象徴する歴史的場面として中国人民の心に深く刻まれていくであろう。もちろんそれは、習主席自身にとってもまさに喜ばしいことだ。なぜなら、中国をそれほどの誇るべき強国に仕上げたのはまさに自分である、との宣伝もこれで成り立つからである。

中国共産党政権にとって「三方良し」の結果

こうしてみると、米中会談における楊氏の国内向けの演出は、彼自身にとっても彼の上司の習主席にとっても、そして中国共産党政権全体にとっても利の大きいものであって、いわば「三方良し」の結果となっている。しかしその中で唯一損したのは中国の対米外交、そして中国の国益そのものである。

前述のように、バイデン政権の成立する前後から、中国は一貫として米中関係の改善を期待し、そのために色々と働きもしてきた。理性的外交と中国の国益の視点からすれば、米中関係の改善は中国にとっては大変良いことである。

だからこそ、楊氏ら中国の外交トップたちは、恥を忍んでアラスカへ飛んで行って米中会談に臨んだ。しかし、まさにこの重要会談の冒頭、当の楊氏は国内での点数稼ぎのために激しい言葉での「反米演説」を行った。その結果、中国自身が関係改善の第一歩として期待した米中会談は壊され、米中会談は何の成果も合意もなく物別れものに終わった。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

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