コラム

中国外交トップ「チンピラ発言」の狙いは自分の出世?

2021年03月23日(火)12時33分

中国国内受けを狙った「反米演説」

例えば彼は演説の冒頭にまず、中国の全人代の話をした。「第14次5カ年計画」や「脱貧困」の話もして、「中国人民が習近平主席の周辺で緊密に団結している」とも語った。しかしこれらの話は全く中国国内の話であって米中関係とも、米中会談とも関係ない。中共政権の幹部たちは国内向けの演説やスピーチにおいて、このような決まり文句を発言しなければならない。米中外交トップ階段で楊氏は、まさに国内向けのつもりで話していたのである。

国内関連の話を終えて楊氏は今度、舌鋒をアメリカの方に向け、アメリカ国内の人種差別問題などを持ち出してアメリカ批判を展開した後、「中国はアメリカの価値観を国際社会の価値観として認めない。一部の国の作ったルールを国際社会の共通ルールとして認めていない」と発言して、アメリカ主導の国際秩序を頭から否定する考えを示した。

その上で彼はまた、台湾問題・新疆問題・ウイグル人問題などにも触れて、それらはまったく中国の内政問題だと言い切った上で、内政問題に対するアメリカの干渉には断固として反対するとの立場を強く表明した。

そして楊氏の口から、外交の場ではほとんど聞くことのない2つの簡潔にして激しい言葉が吐き出された。1つは、彼が強い口調で言った「アメリカには高いところから中国にものを言う資格はない」であり、もう1つは「中国人はその手を食わない」というものだ。

上から目線で高いところからの「お叱り」

前者は、会談相手のアメリカ人に対する面罵そのものであって、上目線の「高いところ」からの容赦のないお叱りでもある。一方、中国語の原文で「中国人不吃这一套」という後者の言葉は、中国人が相手に対する拒絶を表明する際に使う最大級の強い言葉である。街のチンピラが喧嘩する時に使うような表現であって、公式の文章やスピーチでは使わないし、ましてや外交の場面で使われるような言葉では決してない。

しかし、この2つの「非外交的」な表現が中国外交トップの口から堂々と吐かれた。そして、中国国内での受けはとても良かった。楊氏の発言が当日のうちに中国に伝わってくると、人民日報のウェブ版を含む多くのメデイアはこの2つの言葉だけを選び出して、日本のスポーツ紙が一面トップでよく使うような特大な活字を使って大々的に伝えた。この2つのキャッチフレーズは全国のネット上で大反響を呼び、一瞬にして「熱門話題(ホットな話題)」になった。米中会談直後の21日、この2つの言葉をプリントしたTシャツの販売が早くもネット上で始まった。

前述のように、楊氏の口から吐かれたこの2つの表現は力の強い言葉ではあるが、本来外交の場面で使われるようなものではない。しかし、中国外交のトップがアメリカの高官に向かって発したこの2つの言葉は、力強い表現であるだけに、そしてふざけた表現であるだけに逆に多くの中国人にとって痛快で、彼らの心に強く響いた。「ほら、わが国の外交トップは、チンピラでも叱っているようにアメリカ人を面罵したのではないか」と、中国全土のネット民はまさに狂喜乱舞の興奮状態になった。

おそらくそれこそ楊氏が最初から意図した展開であって、彼はまさに、国内でのこのような受けを狙って前述の冒頭演説を打ったのに違いない。異常にして異例な米中会談の冒頭演説は、最初からは楊氏の自作自演、国内向けの演出だった。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story