コラム

中国外交トップ「チンピラ発言」の狙いは自分の出世?

2021年03月23日(火)12時33分

会談相手に発信する気のない奇妙な「冒頭演説」

以上、アラスカ会談に臨んだ中国側の腹の底を探ってみたが、まさに王外相が持ち出した「辞旧迎新」という言葉の通り、会談を通じてトランプ政権下で悪化の一途をたどった米中関係に終止符をうち、それを「正常の軌道」に戻していくのが中国側の本音であると見て良いであろう。そのために、外交を統括する楊氏と王外相は文字通り恥を忍んでアラスカへ飛んで行ったのである。

しかし前述のように、せっかくのこの重要会談の冒頭においては、楊氏は激しい言葉を使って「反米演説」を行い会談の雰囲気を最初から壊してしまった。会談に至るまでの中国側の態度と姿勢からすれば、彼の行動は不可思議で一貫性はない。何度も侮辱されたから相手への憤りを一気に爆発させたかのようにも見えるが、百戦錬磨の中国外交のトップが重要会談においてこのような感情的な態度をとるとは考えにくい。楊氏はむしろ、計算の上でわざとこの奇妙な行動をとっただろう。

ならば彼は一体、何を意図して会談冒頭の「反米演説」を行なったのか。いくつかのポイントからそれを探ってみよう。

まず注目すべきなのは、楊氏が上述の16分間演説を一気に喋り、中国側に逐次通訳をさせなかった点である。

国際間の会談や商談では、こちらが1分間かせいぜい数分間喋った後、いったん話を止めて通訳に逐次通訳をさせるのが普通である。それは単なる礼儀だけでなく、通訳に正確に通訳させ、相手にこちらの話を正確に理解してもらうための必要最低限の配慮である。

現場の中国メディアに向けた発言

しかし楊氏はこのような配慮を全くしなかった。彼は、相手のまったく分からない中国語を16分間にわたって喋っていた。普通に考えれば、中国側の通訳が事前にこの演説の原稿を手にしていなければ、その内容を漏れることなく完全にかつ正確に相手に伝えるのは不可能であろう。しかし実際の映像で確認すると、楊政治局員は原稿を読んでいるわけでなく、通訳が必死になって彼の言葉を速記している姿も映っている。だから、彼の演説には事前の原稿がないと断言できるだろう。少なくとも会談の現場で、ブリンケン長官らは楊氏の演説の全容を正しく理解できていなかったはずだ。

もちろん、自らも中国外務省の通訳官を務めた経験のある楊氏はこのことを誰よりも分かっている。つまり彼は、自分の話した内容が相手に正確かつ完全に伝わっているかどうかにさほど関心はないし、正確に伝えようとも考えていない。

さらにひどいことに、16分間の演説が終わった後でも、楊氏は依然として通訳に時間を与えようとしない。自分の話を終えたところで彼はすぐ、隣の王外相の方を振り向いて王外相に発言を促した。そこで女性の通訳が間に入ってきて「まず私に先のお話を通訳させて下さい」と求めたところ、楊政治局局員はようやく、自分の話の通訳を許した。

楊氏は相手のアメリカ人に自分の話が伝わることに全く気をかけていない。どう考えても彼は、会談の相手に発信しているわけではない。ならば彼は誰に対して冒頭の演説を行なったのか。内容からしても、楊氏はむしろ、その場にいる中国メディアの存在を意識して、中国国内向けに発信しているのである。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 9
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story