香港長官「条例撤回」は事実上のクーデター
この発言で、林鄭は事態収拾の責任を中国政府になすり付けることに成功し、中国政府はより一層窮地に立たされた。これまで習近平政権は、中国政府が直接香港に介入して武装警察や解放軍を鎮圧に動員することは国際社会の反発が強くリスクが大きいから、できるだけ自分たちの手を汚さず香港政府と香港警察に事態の収拾を任せたい、ともくろんでいた。
しかし今、香港政府と林鄭は公然と、責任を中央政府になすり付けてきた。中国政府の思惑は完全に外れ、習政権は自ら矢面に立たされる形で、武力鎮圧に踏み切るかどうかの瀬戸際の判断を迫られている。10月1日の国慶節(建国記念日)が迫る中、残された時間はわずかしかない。
こうしてみると9月4日に突然、逃亡犯条例改正案の完全撤回を発表したのは、実は用意周到な中国政府に対する「林鄭クーデターの完成」ではないのか。 つまり林鄭は、中国政府を武力鎮圧の難しい判断に追い込んだ上で、今度は一転して自ら妥協案を持ち出し事態の収拾に乗り出した。これで林鄭は「何も出来ない行政長官」から一転して、自らで主導権を握ることができる。
中国政府と習近平は簡単に林鄭の改正案撤回を拒否することも反対することも出来なくなった。今さら公然と彼女の撤回表明を拒否すれば、それは直ちに中国政府と林鄭の完全決裂を意味する。中国政府は自ら実力による事態収拾を計る以外になくなったが、経済衰退や米中対立の深まりなどの内憂外患に悩まされている現状で、香港に対する武力鎮圧に踏み切れるだろうか。
「逆撤回」もあり得る?
この原稿を書いている9月6日午前現在、中国政府は林鄭の改正案撤回に正式見解も反応も示していない。習政権は今、どう対処すべきか苦慮している最中なのだ。最後は不本意ながら改正案撤回を受け入れるかもしれない。もしそうなら、それは「林鄭クーデター」の成功を意味する。
香港人の林鄭は、妥協によって混乱のさらなる拡大を食い止め、人民解放軍による血の鎮圧のような最悪の事態を回避しようとしたのではないか。
中国政府が林鄭の改正案撤回を受け入れたとしても、それが香港の抗議運動の収束につながるとは限らない。あるいは中国政府が林鄭の改正案撤回を「逆撤回」させて本格的な鎮圧に踏み切る可能性もないではない。
香港情勢からは依然として目が離せない。
※9月10日号(9月3日発売)は、「プーチン2020」特集。領土問題で日本をあしらうプーチン。来年に迫った米大統領選にも「アジトプロップ」作戦を仕掛けようとしている。「プーチン永久政権」の次なる標的と世界戦略は? プーチンvs.アメリカの最前線を追う。
2024年11月26日号(11月19日発売)は「超解説 トランプ2.0」特集。電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること。[PLUS]驚きの閣僚リスト/分野別米投資ガイド
※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら
「習近平版文化大革命」の発動が宣言された――と信じるべきこれだけの理由 2021.08.31
習近平の気候変動サミット参加がバイデンへの「屈服」である理由 2021.04.22
中国外交トップ「チンピラ発言」の狙いは自分の出世? 2021.03.23
中国を封じ込める「海の長城」構築が始まった 2020.12.16
「驕る習近平は久しからず」中国コワモテ外交の末路 2020.10.01
「習vs.李の権力闘争という夢物語」の夢物語 2020.09.24
習近平vs李克強の権力闘争が始まった 2020.08.31