コラム

香港対応に見る習近平政権のだらしなさ

2019年09月17日(火)07時00分

今やすっかりデモ隊の象徴になったヘルメット姿の習近平と林鄭(香港返還20周年の関連行事で、2017年7月1日)Dale De La Rey/Pool-REUTERS

<香港デモが始まって3カ月半、事態収拾のめどは全く立たない。それなのに習近平はこの「内政問題」になぜかダンマリ......中国建国70年の大珍事である>

9月15日、香港で再び大規模な抗議デモが起きた。警察当局はデモを不許可としたが、香港メディアによると市民10万人以上が参加。一部のデモ参加者は、政府本部庁舎に向けて火炎瓶や石を投げるなどの過激行為におよび、警察は放水車や催涙弾で強制排除した。

6月から本格的に始まった香港市民の抗議運動は、3カ月以上も続くが収束の見通しが全く立たない。この間、欧米の政治家や政党が香港デモについて中国に不利な言動を行うたびに、中国政府は必ず「香港問題は中国の内政問題」と激しく反発してきた。

しかし、中国政府は一つ大事なことを忘れている。「香港問題は中国の内政問題」だと強調すればするほど、彼らはより一層まずい立場に立たされている。というのも、3カ月以上混乱が続くのに、当の中国政府は「内政問題」解決に何の決定的な対応策を打ち出せずにいるからである。

そもそも香港の事態がこれほど深刻になった理由の1つは、中国政府と香港政府の香港の民意に対する驚くべき無知と鈍感さにある。「逃亡犯条例改正案」が中国政府の同意(もしくは指示)の下で提出されたこと自体、そのことの現れであろう。

しかし、6月9日に100万人参加の抗議デモが起きた時点で香港政府と中国政府は香港の民意の所在と問題の深刻さを認識したはずである。中国政府が現実をきちんと把握した上で、先見性と大局観を持って対処するのであれば、条例改正案を直ちに撤回することがもっとも賢明な選択だったであろう。その時点では、香港市民と香港・中国政府の対立は現在ほど深まっておらず、後の「五大要求」はまだ出されていない。唯一の要求は改正案撤回だったから、中国政府の英断で香港政府が撤回を宣言すれば、抗議運動はその時点で収束したかもしれない。しかし香港政府と中国政府はこのチャンスを逸してしまった。

中国政府の決定的判断ミス

その後抗議運動はさらに拡大。6月16日に主催者発表で香港史上最大規模の200万人のデモが行われ、デモ隊と警察隊との流血を伴う衝突事件も相次ぎ、運動が先鋭化する兆しを見せ始めた。

おそらくこの時から7月にかけて、香港政府はやっと深刻さに気づき、強硬策では事態の打開にならないと悟ったのであろう。8月下旬にロイター通信が報じたところでは、香港政府トップの林鄭月娥行政長官は五大要求に関する報告書を中国政府に提出し、逃亡犯条例改正案を撤回すれば抗議デモの鎮静化につながる可能性があるとの見解を示したという。しかし、中国政府は林鄭長官の提案を拒否した。

当の中国政府も香港政府もロイターの報道をいっさい否定も反論もしてないから、おそらく事実なのであろう。中国政府はこの時、決定的な判断ミスで自らの主導によって香港問題を穏便かつ平和に解決する最後のチャンスを逃した。

この後の事態の深刻化と混乱の拡大は周知のとおりであるが、その中で、中国政府の一連の反応と「対策」は、ますます摩訶不可思議なものとなっていった。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、ロシア制裁緩和の可能性検討 財務・国務省に作業

ビジネス

加・メキシコ関税、4日に発動 回避の余地なし=トラ

ビジネス

TSMC、米に1000億ドル投資 トランプ大統領と

ワールド

トランプ氏がゼレンスキー氏を再び批判、「もっと感謝
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Diaries』論争に欠けている「本当の問題」
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 5
    バンス副大統領の『ヒルビリー・エレジー』が禁書に…
  • 6
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 7
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 8
    米ウクライナ首脳会談「決裂」...米国内の反応 「ト…
  • 9
    世界最低の韓国の出生率が、過去9年間で初めて「上昇…
  • 10
    生地越しにバストトップがあらわ、股間に銃...マドン…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身…
  • 7
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 8
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 9
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 10
    日本の大学「中国人急増」の、日本人が知らない深刻…
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story