コラム

暴走止まらない橋下徹市長、なぜその「正義」が通用してしまうのか

2015年11月18日(水)17時00分

 橋下市長は、気に食わない報道を見つければ「一部分だけ恣意的に引用するな、全文を読め」と恫喝し、物申してくる誰かがいれば「あなたが選挙に出て政治家になって変えてみればいいじゃないか」と恫喝する。住民投票が否決された際の会見で橋下市長は「民主主義という政治体制は本当に素晴らしいですね」と漏らしたが、藤井はこの手の議論の持ち運び方について「多数決の勝者である者だけが、意見を言う権利を与えられるのであって、意見の正しさなど多数決の勝利の前では無価値なのである」と分析する。

 同書内で、中野剛志が「『勝敗』と『正否』とを同一視しているのではないか」とも指摘しているが、その同一視の中に向けて投じられる異議申し立ては、どれだけ建設的なものであろうとも「対案を出せ!」の一喝で潰されるし、向かってくる声をおしなべて「取るに足らない意見」として掃き捨て続ける。つまり、「勝ったから、正しい」のである。

 メディアを陵辱しながら管轄するという荒技は橋下政治の真骨頂だが、その真骨頂に甘んじてしまうメディアと有権者の「空気」を丁寧に解き明かしたのが、松本創『誰が「橋下徹」をつくったか 大阪都構想とメディアの迷走』(140B)である。

 松本は、ある府議との会話の中から、「あれほど怒るなんて、橋下さんは真剣に取り組んでいる証拠」、「言い方や態度はきついけど、よう頑張ってはる」という代表的な橋下支持者の声を拾い上げる。この手の空気が生まれる要因を、私たちは、彼が小泉純一郎的な「ワンフレーズ」の巧さを持っているからだと分析しがちだが、著者によれば「橋下はものすごく多弁ではあるものの、決して理路整然と語るわけではない」という。

 質疑をしてもまともに応答してくれない彼の多弁におじけづいたメディアの記者は、とにかく従順になる。橋下市長は、テレビニュースが使うコメントの最大値と言われる15秒の中に収まる痛快なコメントを連呼し、テレビがノーカットで使えるように心がける。高木徹『国際メディア情報戦』(講談社現代新書)に詳しいが、ボスニア紛争で名を馳せたPR会社「ルーダー・フィン」社のジム・ハーフが、世論誘導のために要人に対して「長くても十数秒の間にもっとも重要なことをシンプルなセンテンスで伝える」ことを強いていたのを思い出す。橋下市長の端的なコメントは、「皆に分かりやすい」政治を目指すためではなく、「こちらはこんなに分かりやすく提示してんのに分かってくれないバカなマスコミがいる」という空気を醸成する。

プロフィール

武田砂鉄

<Twitter:@takedasatetsu>
1982年生まれ。ライター。大学卒業後、出版社の書籍編集を経てフリーに。「cakes」「CINRA.NET」「SPA!」等多数の媒体で連載を持つ。その他、雑誌・ウェブ媒体への寄稿も多数。著書『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。新著に『芸能人寛容論:テレビの中のわだかまり』(青弓社刊)。(公式サイト:http://www.t-satetsu.com/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story