コラム

「普通の女性」たち

2018年12月27日(木)11時45分

女性のステレオタイプがいかに空虚なものであるかを表現したいのだと、ミロシュニチェンコは言う(ちなみに、社会から生じる強迫観念ではなく、個々の人が良いと思って臨むのであれば、スリムになることを含め、どんな体型を目指そうがそれは構わない、とも彼女は語った)。

とはいえ、こうした社会的メッセージを持つコンセプチュアルな写真作品は、ここ数年のある種の流行りとも言える。

少しの才能があれば、ましてそれが自分自身に絡みつく問題であり、それを作品にする勇気さえあれば、一定のレベルで優れた作品にすることは簡単かもしれない。なぜなら、パターンやアプローチの方法はある程度すでに出来上がっているからだ。

だが、ミロシュニチェンコの場合、もう1つ注目すべき要素がある。作品にしばしば現れる美しさだ。この場合、官能的な美といってもいいだろう。

カルト的な美のことを言っているのではない。もちろん、異形とも言える被写体が絡んでくるため、そうした美も彼女の作品には存在するが、それは副次的なものだ。そうではなく、英語で言うaesthetics、耽美性だ。

この世の全てのもの、それこそ虫けらの死骸であっても存在する美学。それをミロシュニチェンコは絶対的なものとして信奉し、本能的に作品に含ませているのである。それが被写体のカルト的要素と大きなコントラストを生み出し、見る者をより不可思議な世界に引き込むのである。

同時にそれは、一歩間違えば、彼女の作品のテーマと大きく矛盾する。耽美性というものは、本来はアーティスト個人の価値判断によるべきだが、実際にはその法則的なものに大きく左右される。そしてそれは程度の差こそあれ、ステレオタイプな女性の美のパターンに類似しているのである。

実際、ミロシュニチェンコは、ステレオタイプによる女性の美を否定しながらもこう言う。

「(裕福さの中で美を通して幸せを追求した母は)結局はそれを掴むことはできなかった。......私自身、美しい身体が女性の幸せであるという公式は間違いで、正当化されるべきではないと痛いほど知っている。でも、私も母のようになると思う。それをはっきりと感じると、どうしようもなくなる」

しかし、だからこそ彼女の作品は心の奥底に響くのかもしれない。人間には白黒割り切れないものがあるのだ。そしてそれを考えるのは結局、彼女の作品を見て感じた私たち自身なのである。

今回ご紹介したInstagramフォトグラファー:
Anya Miroshnichenko @anyamiro

ニューズウィーク日本版 独占取材カンボジア国際詐欺
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月29日号(4月22日発売)は「独占取材 カンボジア国際詐欺」特集。タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

Q.サカマキ

写真家/ジャーナリスト。
1986年よりニューヨーク在住。80年代は主にアメリカの社会問題を、90年代前半からは精力的に世界各地の紛争地を取材。作品はタイム誌、ニューズウィーク誌を含む各国のメディアやアートギャラリー、美術館で発表され、世界報道写真賞や米海外特派員クラブ「オリヴィエール・リボット賞」など多数の国際的な賞を受賞。コロンビア大学院国際関係学修士修了。写真集に『戦争——WAR DNA』(小学館)、"Tompkins Square Park"(powerHouse Books)など。フォトエージェンシー、リダックス所属。
インスタグラムは@qsakamaki(フォロワー数約9万人)
http://www.qsakamaki.com

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

豪総選挙の期日前投票始まる、世論調査は与党が僅差で

ワールド

アングル:米国防総省、ヘグセス長官のずさんな情報管

ビジネス

グーグル検索の独禁法訴訟、是正策審理始まる 原告は

ビジネス

ベッセント米財務長官との為替協議、「訪米機会を活用
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 7
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 8
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story