コラム

日本学術会議が研究成果の軍事利用に慎重になるのは当然

2020年10月15日(木)16時30分

日本の技術は民生品の開発のなかで発展を遂げた Kim Kyung Hoon-REUTERS

<日本の技術力が軍需に囲い込まれていくと、民生品を中心に発展を遂げた日本の技術力は衰退する>

科学技術研究の成果を軍事利用しないという、日本学術会議の宣言が話題になっているようです。この問題ですが、「自分たちは人を殺すための研究はしたくない」という強い感情や、戦後日本が軽武装国家を選択したことを前提とした政治的な立場の表明という部分はあるかもしれません。

ですが、そこを論点にしてしまえば、それこそアメリカにおける左右対立のように、国論を二分して感情論の対決に行き着きます。結果として、合意形成も難しくなってしまいます。

そうではなくて、実務的な理由を中心に議論することを提案したいと思います。

一般に軍事技術というのは、民生用技術と表裏一体の関係があります。19世紀から20世紀にかけてもそうで、平和な時代には民生品の発展向上に使われた技術が、戦争目的に転用されたこともあるし、戦時に軍需目的で研究開発された技術が平和な時代には人々の生活水準向上に役立つ場合があります。

例えばダイナマイトなどの爆発物を発明したアルフレッド・ノーベルは、元来は軍需産業に属する人物でしたが、その技術は鉱山や建設など民生部門で大きく開花しました。日本の場合でも、20世紀の後半に民生品として世界を席巻したエレクトロニクス製品や、光学製品のベースにある技術は第二次世界大戦における軍需産業の遺物であることは否定できません。

懸念される軍事による技術の囲い込み

問題は、平和な時代においては、民生用技術と軍用の技術は重なることがあるということです。現代では、例えばコンピュータにおける暗号技術は、民間において発展を遂げていますが、暗号を高度化してセキュリティのレベルを高めたいというニーズは軍事関係者にも強いものがあります。

素材もそうです。保温性に強く腐食に耐える素材であるとか、赤外線や熱を吸収する塗料などのもの、またそうした素材開発の基本となる微小な分子レベルのナノテクノロジー、あるいはエネルギー関連の技術など、軍用と民生用が「競っている」領域はたくさんあります。

そこに大きな問題があります。新しい技術のブレイクスルーが起きたとしても、民間での活かし方がモタモタしている間に、仮に大幅に軍事関係のマネーが入ってきて技術が囲い込まれてしまうからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日銀、金融政策は維持の公算 利上げスタンスも継続へ

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、4月速報50.1に低下 サービ

ビジネス

インドネシア中銀、政策金利据え置き ルピア安定を重

ワールド

関税・貿易戦争、世界経済の秩序損なう 中国国家主席
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 2
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 3
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負かした」の真意
  • 4
    パウエルFRB議長解任までやったとしてもトランプの「…
  • 5
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 6
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 7
    なぜ世界中の人が「日本アニメ」にハマるのか?...鬼…
  • 8
    日本の人口減少「衝撃の実態」...データは何を語る?
  • 9
    コロナ「武漢研究所説」強調する米政府の新サイト立…
  • 10
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 7
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 8
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story