コラム

イランの聖地で16人娼婦連続殺人事件が起きた『聖地には蜘蛛が巣を張る』

2023年04月15日(土)15時04分

導入部でマシュハドに到着したラヒミは、ホテルにチェックインしようとするが、彼女が未婚でひとりだとわかると、予約していたにもかかわらず、システムエラーが原因で満室だと追い返されそうになる。そこで彼女がジャーナリストであることを示すと、クラークが上司に伝え、システムエラーが復旧し、予約が有効になる。

マシュハドにある支社で記者シャリフィと対面したラヒミは、手がかりがないわけではなく、腐敗に対する聖戦を主張する犯人から犯行のたびにシャリフィに電話がきていることを知る。だがそれは、宗教的な話は避けろという上からの指示によって、何の対応もせずに秘密にされている。

状況によって立場や態度を変える曖昧な社会

こうしたエピソードは、ある意味で終盤の展開の伏線になっている。ハナイは逮捕されて裁判にかけられるが、そこに選挙のために早い結論を求める政府の意向が絡み、精神鑑定で異常を主張しようとする弁護士やハナイを援護しようとする退役軍人会などが茶番劇を繰り広げていく。

本作では、ハナイとラヒミの視点が対比されているように見えるが、アッバシの風刺的な視点を踏まえるなら、それぞれに迷いなく目的を果たそうとするハナイやラヒミと、政治的、宗教的に明確な判断を示すこともなく、状況によって立場や態度を変える曖昧な社会が対比されていると見ることもできる。ハナイとラヒミはそんな社会を炙り出す役割を果たし、ハナイはそんな社会のなかで怪物になり、スケープゴートになる。

本作の冒頭では、高台から見たマシュハドの夜景が蜘蛛の巣のように見えるが、ハナイが居なくなっても、その夜景が変わらないように、蜘蛛の巣もなくなることはないだろう。

『聖地には蜘蛛が巣を張る』
4/14(金) 新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、TOHO シネマズ シャンテ他全国順次公開
(C)Profile Pictures / One Two Films

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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