コラム

さらば李登輝、台湾に「静かなる革命」を起こした男

2020年08月01日(土)19時15分

李登輝が決断した直接選挙による総統選は台湾の国際的評価を高めるきっかけに(1996年)Reuters

<元台湾総統の李登輝が97歳で死去した。民主化+台湾化という「静かなる革命」によって、中国に対抗できる台湾に変革した元総統の大きすぎる功績を振り返る>

李登輝のことを「民主先生(ミスターデモクラシー)」であったと称する記述が、その死去を報じる各メディアの報道で散見された。これは、もともと1990年代半ばにニューズウィークが彼を評した言葉が台湾に逆輸入されたものだ。李登輝が台湾の民主化を推進したことは確かだが、彼の功績を逆に限定してしまう言葉になる気がして、私はあまり好きにはなれない。

李登輝にはそれよりも「ミスター台湾」という称号がふさわしい。なぜなら、今日私たちが目にする台湾は、李登輝によって敷かれた道の上を走っているからだ。そのことは現在、対中関係をめぐる台湾の政治的対立軸によく表れている。

与党・民進党はしばしば「独立志向」と呼ばれるが、実際の政治的立場は中華民国体制を維持しつつ、中国と一定の距離を半永久的に保ち続けていく漸進主義だ。これは2000年以降の李登輝が期待した路線である。

一方、いま野党の立場にある国民党は、やはり中華民国体制は堅持しつつ、対中融和を掲げて中国との接近や交流は積極的に進める考え方だ。こちらは李登輝が国民党トップそして台湾総統であった2000年以前に示していた路線である。

目指したのは独立路線でなく自立路線

2000年総統選で民進党の陳水扁が国民党の連戦を破って政権交代が起きたとき、李登輝は事実上敗北の責を問われて国民党から追放されたようなものだった。彼は自らの政治勢力を立ち上げて民進党と共闘し、国民党の対抗勢力となったが、本人が「私は一度も独立を主張したことはない」と述べていたように、李登輝路線とは終始一貫して、台湾の自立路線であり、独立路線ではなかった。

李登輝は台湾の自立を守るため、民主主義を徹底的に利用しようとした。当時の国民党内の慎重論を押し切って総統選挙を96年に実施し自ら当選したことに象徴されるが、総統のみならず立法委員から市町村に至るまで、選挙のない年はないほど台湾社会の隅々に民主制度が行き渡った。

台湾が堅実に選挙を続けたことの効果は絶大だった。

中国は軍事的・経済的な「ハードパワー」において台湾を圧倒するようになった。

その中国に対抗する上で、民主主義やそこから育まれた多様性・先進性を重視する社会の価値観に代表される「ソフトパワー」によって、台湾は国際社会の支持や同情を集めることに成功した。民主主義や言論の自由を拒み続ける中国との対比は日々鮮明となり、今年1月の総統選の投票率が75%という高い政治参加と相まって、国際的評価を高めている。

プロフィール

野嶋 剛

ジャーナリスト
1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学・台湾師範大学に留学。1992年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学の後、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月からフリーに。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版されている。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)『銀輪の巨人』(東洋経済新報社)『チャイニーズ・ライフ』(訳書・上下巻、明石書店)『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)『故宮物語』(勉誠出版、2016年5月)『台湾とは何か』(ちくま新書、2016年5月)。

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