コラム

トランプ政権誕生で中台関係はどう動くか

2016年11月14日(月)12時24分

Tyrone Siu-REUTERS

<台湾に「無関心」なトランプの米大統領選勝利により、不透明感を増す中台関係。蔡英文総統にはやりづらい相手だろうが、悲観的な影響ばかりとはかぎらず、従来は無理だった最新鋭の武器の購入も可能になるかもしれない> (台北で10月10日、台湾の建国記念日にあたる国慶日のパレードに参加する軍隊)

 台湾の蔡英文総統にとっては、米大統領選のトランプ勝利は、今年5月の就任以来、最大の衝撃だったのではないだろうか。それは、中国とは一定の距離を置きつつ、米・日と関係を深化させていくという外交戦略の行方が一気に不透明になったからだ。

 トランプ当選が明らかになった11月9日の夜、筆者は台湾である大手企業のトップと食事のテーブルを囲んでいた。「台湾、どうなりますかね」と問うた私に、このトップはこんな風に答えてみせた。

「誰にも分からない。だけど、小英(蔡英文のあだ名)が苦手なのは、相手の出方が分からない状況だ。何が起きるか分かっているとき、彼女は万全の準備を整えてから対応できる能力がある。だが、トランプは何をするか分からないとき、彼女の自慢の頭脳も役に立たない」

 恐らく、蔡英文の頭の中には、日本の官邸や外務省と同様、ヒラリー・クリントンの当選しか、ある種の願望を込めながら、存在しなかったのではないだろうか。トランプ当選を想像するだけで、これまでに積み重ねてきた多くのことが、もしかすると全く役に立たなくなってしまうからだ。

【参考記事】トランプ政権の対日外交に、日本はブレずに重厚に構えよ

 中国・習近平政権の要求する「92年合意」の受け入れを断固として拒んでいる蔡英文。中国観光客の削減や対話窓口の遮断など、プレッシャーは強まっている。しかし、追い込まれた感がそれほど強くはなかったのは、これまでうまく米国を味方につけていたことも大きい。選挙前の2015年にはタイム誌の表紙を飾り、米国訪問でもかつてない歓待を受け、国務省のビルの中にまで招かれた。米国を敵に回して最後は悲惨な目にあった民進党の陳水扁元総統と同じ轍を踏まないということが蔡英文外交の基本線だった。その蔡英文のスタンスに米国政府は安心し、オバマ政権内の評価は高かった。

【参考記事】熱狂なき蔡英文の就任演説に秘められた「問題解決」への決意

 台湾問題は米中関係に左右される。これは誰もが否定できない台湾情勢のイロハだ。中国は統一を求めるが、米国が盾となって台湾の安全を保障する。その代わり、台湾には大陸反抗などの行動は取らせない。そんな台湾問題こそ、米中間の核心問題だというのは中国自身の言である。米国も常に自らの戦略によって台湾を駒のように使ってきており、ニクソンの訪中でそれまでは米国の同盟国であった台湾はいったん投げ出されかけたし、オバマ政権のリバランス政策で台湾の「市場価値」は逆に上がったりした。

 トランプ政権の登場によって、公約通りに環太平洋パートナーシップ協定(TPP)がつぶれてしまえば、TPP加入による台湾経済の底上げを目指す蔡英文の戦略が挫折したことになる。TPPは蔡英文の外交政策の一丁目一番地とも言えるもので、ここが進まないとなると全体の絵が描きにくくなる。中国経済への過度の依存から脱却することを目指すため、TPPをテコに米日ASEANとの貿易・経済関係を強化して、中国との関係冷却化によるマイナスを補うという、差し引きプラマイゼロ的な勘定で組み立てられてきたからだ。

プロフィール

野嶋 剛

ジャーナリスト、大東文化大学教授
1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。朝日新聞に入社し、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版されている。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)『銀輪の巨人』(東洋経済新報社)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』(ちくま文庫)『台湾とは何か』『香港とは何か』(ちくま新書)。『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)

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