コラム

トランプ政権誕生で中台関係はどう動くか

2016年11月14日(月)12時24分

 中国の軍事力に直面する台湾の安全保障も、米国のオバマ政権が始めたリバランス政策による中国の封じ込めのネットワークに台湾も事実上組み込まれることで、一定の安全が確保されるという計算が成り立っていたので、多少中国と関係が悪化していても、その問題は議論されないで済むはずだった。

 しかし、日韓に駐留経費の負担増を求めるなど「米国優先」の孤立主義的方針がもしも実行に移されれば、台湾に米軍駐留はないとはいえ「米国のプレゼンス(存在)の減少」によるマイナスの影響は免れないことになるだろう。

共和党の議会勝利は台湾に明るいニュース

 ただ、台湾にとって悲観的なことばかりかといえば、そうではない。ヒラリー・クリントンが大統領になっていれば、結局のところ、伝統的な米中関係の枠組みのなかで台湾問題が処理される「1972年体制」は続くはずだった。米国による台湾への武器供与は、従来通り、台湾を「生かさず殺さず」程度のものにとどめられ、新鋭の戦闘機や潜水艦は売ってもらえない状況だった。

 しかし、こうした長年の暗黙のルールをトランプが無視すれば、台湾は一気に中国に対抗し得るような最新鋭の兵器を大量に購入することが可能になる。もちろん台湾の予算も厳しいなかではあるが、過去のように時代遅れのF16戦闘機をバカ高い値で売りつけられる苦渋は舐めなくて済むようになる。

 また、共和党が上下両院で過半数を握ったことも、台湾にとっては明るいニュースではある。日本では伝統的に自民党に親台派が多いように、米国では共和党に親台派が多いことは知られている。米議会には「台湾コーカス(台湾連線)」という議員団体がある。日本における「日華懇」に相当するグループだ。台湾政府の統計によれば、台湾コーカスの議員は上院で195人、下院で31人の勢力を今回の選挙後も維持している。このなかにはフロリダ州のルビオ上院議員ら有力議員も多数含まれ、日頃から台湾サイドとの交流も密接だ。トランプ次期政権での台湾問題に関するキーマンがはっきりしない中では、当面、この議会の親台勢力をさらに固めるしかない、という見方もある。

 明らかにトランプは中台問題にも台湾自身にも関心が低い。白紙と言ってもいいだろう。選挙キャンペーン中、台湾問題に言及したことは一度だけでしかも雇用問題だった。側近などにも台湾通の人間はほとんどいないようだ。つまり全くの白紙状態ということである。トランプが大統領就任までに、この複雑な歴史的経緯と暗黙のルールに満ちた中台関係をすぐに理解できるとは思えない。そこで、トランプは、中国にとって有利なのか台湾にとって有利なのかは別にして、これまでのゲームのルールを思いっきり壊しかねない行動に出る可能性がある。それが台湾にとって吉と出るか凶と出るかは分からない、蔡英文にとってはこれからワシントンウオッチが最重要課題になるだろう。

プロフィール

野嶋 剛

ジャーナリスト、大東文化大学教授
1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。朝日新聞に入社し、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版されている。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)『銀輪の巨人』(東洋経済新報社)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』(ちくま文庫)『台湾とは何か』『香港とは何か』(ちくま新書)。『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は反落、一時500円超安 米株安や円

ワールド

英仏米、ガザ「国際安定化部隊」派遣に向け国連安保理

ビジネス

JPモルガン、欧州と中南米の銀行に注目=CEO

ワールド

シンガポール非石油輸出、9月は前年比+6.9% 予
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体…
  • 5
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 6
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 7
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    ホワイトカラーの62%が「ブルーカラーに転職」を検討…
  • 10
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 1
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story