コラム

ウクライナ戦争を見ても「強制的な徴兵」が世界でほとんど復活しない訳 「国民の拒絶反応」以外にも理由が

2023年06月19日(月)14時50分

コストパフォーマンスの低さ

第三に、戦争そのものの変化である。

もともと成人男性一律の徴兵制は、兵士の頭数が勝敗を大きく分けた19世紀に確立したもので、世界大戦の時代まではどの国も膨大な予算をかけてでも数多くの応召者を訓練していた。

しかし、ドローン攻撃やサイバー攻撃に代表されるように、現代では技術も戦術も大きく進化した。その結果、かつてのように何十万人も兵員を展開すること自体が稀である。

たとえばウクライナで展開するロシア軍は今年初頭の段階で30万人程度と見積もられていた。これは現代世界では最大規模だが、それでも第二次世界大戦のきっかけになった1939年9月のポーランド侵攻でドイツ軍が最終的に125万人以上を、同年11月からのフィンランド侵攻(冬戦争)でソ連軍が最終的に76万人を、それぞれ動員したのと比べると限定的な規模だ。

つまり、国民皆兵で膨大な兵員を常に抱えることは、現代では軍事的な意味でもコストパフォーマンスが低いといえる。

イギリス王立防衛安全保障研究所のエリザベス・ブロウ研究員は「現代では全員が兵役につく必要はないし、大規模な歩兵部隊も必要ない...問題はどうやって選抜するかだ」と指摘する。

「愛国心が育成される」?

そして最後に、一律の義務に基づく徴兵制が「烏合の衆」を生みやすいことだ。

徴兵制を支持する意見には、「愛国心や国民意識を育成できる」といったものが目立つ。これは恐らく大戦期までのイメージなのかもしれない。

しかし、ウォーリック大学のヴィンセンツォ・ボウブ教授らは、こうしたノスタルジックな意見を否定している。

ボウブ教授らはヨーロッパ15ヵ国でかつて兵役を経験した世代と未経験世代の意識調査をそれぞれ行って比較検討した結果、「一律の義務としての兵役を経験した者ほど公的な制度への信頼が低い」傾向を明らかにした。

つまり、本人の意思とは無関係に兵役につかされた経験が、国家への信用をむしろ低下させたというのだ。国民一律の義務といいながら、有力者や富裕層の子弟が特別待遇を受けたといった話はどの国でも珍しくないが、こうしたことも不信感を生みやすいだろう。

だとすると、大戦期より権利意識がはるかに強くなった現代では、強制的な兵役は「やらされている感」だけを募らせやすく、いくら多くの人数を揃えてもコケおどしに近くなる。

ロシアのワグネルはウクライナ侵攻後、受刑者や移民をかき集めて人員を急増させたが、結局バフムトなどから撤退した。この状況は(厳密には徴兵制と異なるが)自発性の乏しい、未経験者に近い要員を多数投入しても、組織としてあまり意味をなさないことを示唆する。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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