コラム

ウクライナ戦争を見ても「強制的な徴兵」が世界でほとんど復活しない訳 「国民の拒絶反応」以外にも理由が

2023年06月19日(月)14時50分

強制的な徴兵は一般的でない

このように個人の選択と同意に基づく制度はスカンジナビア方式とも呼ばれる。オランダやポーランドなどもスカンジナビア方式を研究して徴兵制を再開した。

このうちポーランドの場合、自発性を前提とするだけでなく、月額1000ユーロの給料、訓練終了後に軍に登用される道が開けるといった特典まである。

もっとも、ノルウェーやスウェーデン以外のほとんどの国では女性は徴兵の対象外だ。

一方、ドイツでは2011年に徴兵制が停止する前、病院や介護施設などでの奉仕活動で兵役の代わりと認められた。

そのドイツでは現在、徴兵制の再開が議論されているが、その場合はかつての代替措置に似たものが導入される公算が高い。

同様の制度は、徴兵制が一貫して存続してきたオーストリア、フィンランド、スイスなどでも採用されている。

いわゆるスカンジナビア方式とは異なるが、個人の選択と同意を前提とする点でこれらは一致する。

なぜ非強制が主流か

一般的に徴兵制というと、赤紙一枚で呼び出された戦前・戦中の日本のように、問答無用のものとイメージされやすい。しかし、強制的な徴兵制は現代では決して一般的ではないのだ。

こうした変化の背景には、主に4つの理由がある。

第一に、最もシンプルな理由として、政治的なリスクがあげられる。

世界大戦の頃までと比べて人権意識は飛躍的に強くなっていて、どの国でも強制的な兵役への拒絶反応は強い。特に一度停止されていたものの再開となると、若年層から「徴兵を経験していない世代もあるのに」と不満が出ても当然だ。

たとえばラトビアでは、選択の余地のない徴兵制の'復活'が検討されている。ラトビアはウクライナと同じく旧ソ連圏で反ロシア感情が強いが、それでも5月の世論調査では徴兵制に賛成が45%、反対が42%とほぼ拮抗し、とりわけ18-24歳の年齢層での賛成は34%にとどまった。その結果、議会審議も難航している。

選択と同意に基づく徴兵制は、こうした対立を避けるうえで有効といえる。

第二に、リソースだ。

国によって規模は異なるが、多くの未経験者を毎年ゼロから訓練するのは膨大なコストを必要とする。受け入れ先になる軍隊はその分の人員や訓練場を確保しなければならず、徴兵検査などを行う地方自治体にとっても負担は増える。

当然、人口の多い国ほどそのコストは膨らむ。たとえばフランスでは、徴兵制を再開すれば毎年60-80万人の18歳人口(日本では約112万人)が対象になり、少なくとも年間16億ユーロ(約2500億円)必要と試算されるため、徴兵制再開を示唆するマクロン政権は強い反対に直面している。

この点、個人の選択と同意に基づく徴兵制なら応召者は一部にとどまるため、対応もしやすい。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米側要求、聞けるものは聞いたらよい=関税交渉巡り自

ビジネス

ドル一時139円台へ下落、7カ月ぶり安値 対円以外

ビジネス

基調的インフレ指標、3月は最頻値が+1.4% 半年

ワールド

情報BOX:教皇フランシスコの後継候補、番狂わせ多
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 2
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 3
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボランティアが、職員たちにもたらした「学び」
  • 4
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 5
    遺物「青いコーラン」から未解明の文字を発見...ペー…
  • 6
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 7
    パウエルFRB議長解任までやったとしてもトランプの「…
  • 8
    「アメリカ湾」の次は...中国が激怒、Googleの「西フ…
  • 9
    なぜ? ケイティ・ペリーらの宇宙旅行に「でっち上…
  • 10
    コロナ「武漢研究所説」強調する米政府の新サイト立…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 7
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story