コラム

ウクライナ戦争を見ても「強制的な徴兵」が世界でほとんど復活しない訳 「国民の拒絶反応」以外にも理由が

2023年06月19日(月)14時50分
国境警備に当たるノルウェー兵

ロシアによるウクライナ侵攻が始まった日、スキーを履いて国境警備に当たるノルウェー兵。ノルウェーではクリミア危機の翌2015年、ヨーロッパで初めて女性も徴兵の対象になった(2022年2月24日) Annika Byrde/NTB via REUTERS

<ヨーロッパでは近年、徴兵制再開に向けて動く国が目立つ。しかし、強制的な徴兵制は現代では一般的ではない。その理由は4つある>


・ヨーロッパでは一度停止されていた徴兵制を、緊張の高まりによって再開する国が増えている。

・しかし、その多くは「兵役につかない」選択を個人に認めるもので、強制ではない。

・自発性を重視するリクルートは現代の主流であり、そこには強制的に大量の人員を集めても意味がないという考え方がある。

世界の緊張が高まるなか、どの国でも徴兵制をめぐる議論がある。しかし、かつての「成人男性一律の義務としての兵役」はもはや一般的ではない。国民の拒絶反応が強いからだけでなく、コストパフォーマンスに疑問が大きいからだ。

徴兵制の'復活'?

近年のヨーロッパでは、一度停止された徴兵制を再開する国が目立つ。

ウクライナ(2014年)を皮切りに、リトアニア(2015年)、スウェーデン(2017年)、オランダ(2018年)、ポーランド(2022年)などがすでに兵役を再開する法令を可決し、ドイツ、ルーマニア、ラトビアでも議論が始まっている。

この他、フランスでは兵役ではないが、15-17歳の志願者が2週間ほど軍隊生活を経験できる国民奉仕隊(SNU)が2019年に試験的に発足した。

これらの多くでは、冷戦終結(1989年)後の緊張緩和を背景に徴兵制が停止していた。その再開のきっかけはロシアによるクリミア半島編入(2014年)で、昨年からのウクライナ戦争がこれに拍車をかけた。

ただし、徴兵制を再開した国の多くは「成人男性の一律の義務としての兵役」という古典的なスタイルと決別していて、むしろ徴兵に応じるかどうかの選択権を認める新しいタイプのものが目立つ。

同意を前提とする兵役

ノルウェーの例をあげよう。この国では2015年、徴兵制が拡大されて女性もその対象になった。毎年1万人以上の男女が徴兵検査を受けるが、このうち実際に入隊するのは15%程度といわれる。

同じようにスウェーデンでも成人の男女とも徴兵の対象になるが、兵役につくかどうかは選択の余地がある。徴兵年齢に達した市民に届く通知にはいくつかの質問項目があり、そのなかには「軍隊に適性があると思うか」という問いもある。

もし兵役を望まなければ「否」と答えればよいわけだ。

ただし、一度「応」と回答すれば後で「やっぱり違う」と言っても認められず、召集に応じなければ懲役など懲罰の対象になる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア政府系ファンド責任者、今週訪米へ 米特使と会

ビジネス

欧州株ETFへの資金流入、過去最高 不透明感強まる

ワールド

カナダ製造業PMI、3月は1年3カ月ぶり低水準 貿

ワールド

米、LNG輸出巡る規則撤廃 前政権の「認可後7年以
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story