コラム

なぜ「マケドニアの国名変更」が米ロの緊張を呼ぶか──「フェイクニュース大国」をめぐる攻防

2018年10月02日(火)15時04分

だからこそ、NATOやEU加盟を見据えた国名変更の是非を問うマケドニアの国民投票に、欧米諸国の首脳は強い関心をみせたのである。

フェイクニュースの国内利用

ところが、冒頭に触れたように、9月30日に行われた投票では、有効票の9割以上を「国名変更賛成」が占めたものの、投票率が50パーセントに届かなかったため、規定により国民投票の結果は無効となった。

この選挙結果をもたらした背景には、やはりフェイクニュースとヘイトメッセージがあった。

2016年選挙で政権を失ったVMRO-DPMNEを中心に、ナショナリスト勢力は「マケドニアのアイデンティティを失わせる」と国名変更に懐疑的で、公然と国民投票ボイコットを呼びかけていた。

この背景のもと、それまで主にアメリカ政治を取り上げていたフェイクニュースのサイトが、相次いでマケドニア国民投票に関心をシフト。国民投票ボイコットを呼びかけ、ザエフ首相を糾弾する記事が拡散したのである。

これに対して、9月17日にアメリカのマティス国防長官は「マケドニア国民投票にロシアが組織的に干渉している」と警戒感をにじませた。こうして、マケドニア国民投票は、もはや一国だけで済まない問題になったのである。

「第二のウクライナ」になるか

投票率が規定に届かず、国民結果が不成立になったことを受け、ザエフ首相はそれでも「議会での国名変更に関する議論を進める」と述べ、今後とも西側への接近を模索することをうかがわせた。

あくまで「西側の一国」になることを目指すザエフ首相対して、ロシアのRT Newsは「欧米のロビイストが国民投票で大打撃を受けた」、「マケドニアのエリートは国民感情とかけ離れている」と論じ、マケドニア政府だけでなく、これを取り込もうとする欧米諸国をけん制した。

冷戦時代に東側陣営だった国を欧米諸国とロシアが奪い合う構図は、親ロシア派と親欧米派に分裂したウクライナを思い起こさせる。もちろん、ウクライナとマケドニアでは多くの条件が異なるが、国民投票が無効になったにもかかわらず、ザエフ政権が西側への接近を強行すれば、保守派との摩擦はこれまでになく深刻になることは間違いない。マケドニアは「第二のウクライナ」になりかねない瀬戸際にある。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

独新財務相、財政規律改革は「緩やかで的絞ったものに

ワールド

米共和党の州知事、州投資機関に中国資産の早期売却命

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 サハリン

ビジネス

ECB総裁、欧州経済統合「緊急性高まる」 早期行動
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 10
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 9
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story