なぜ「マケドニアの国名変更」が米ロの緊張を呼ぶか──「フェイクニュース大国」をめぐる攻防
だからこそ、NATOやEU加盟を見据えた国名変更の是非を問うマケドニアの国民投票に、欧米諸国の首脳は強い関心をみせたのである。
フェイクニュースの国内利用
ところが、冒頭に触れたように、9月30日に行われた投票では、有効票の9割以上を「国名変更賛成」が占めたものの、投票率が50パーセントに届かなかったため、規定により国民投票の結果は無効となった。
この選挙結果をもたらした背景には、やはりフェイクニュースとヘイトメッセージがあった。
2016年選挙で政権を失ったVMRO-DPMNEを中心に、ナショナリスト勢力は「マケドニアのアイデンティティを失わせる」と国名変更に懐疑的で、公然と国民投票ボイコットを呼びかけていた。
この背景のもと、それまで主にアメリカ政治を取り上げていたフェイクニュースのサイトが、相次いでマケドニア国民投票に関心をシフト。国民投票ボイコットを呼びかけ、ザエフ首相を糾弾する記事が拡散したのである。
これに対して、9月17日にアメリカのマティス国防長官は「マケドニア国民投票にロシアが組織的に干渉している」と警戒感をにじませた。こうして、マケドニア国民投票は、もはや一国だけで済まない問題になったのである。
「第二のウクライナ」になるか
投票率が規定に届かず、国民結果が不成立になったことを受け、ザエフ首相はそれでも「議会での国名変更に関する議論を進める」と述べ、今後とも西側への接近を模索することをうかがわせた。
あくまで「西側の一国」になることを目指すザエフ首相対して、ロシアのRT Newsは「欧米のロビイストが国民投票で大打撃を受けた」、「マケドニアのエリートは国民感情とかけ離れている」と論じ、マケドニア政府だけでなく、これを取り込もうとする欧米諸国をけん制した。
冷戦時代に東側陣営だった国を欧米諸国とロシアが奪い合う構図は、親ロシア派と親欧米派に分裂したウクライナを思い起こさせる。もちろん、ウクライナとマケドニアでは多くの条件が異なるが、国民投票が無効になったにもかかわらず、ザエフ政権が西側への接近を強行すれば、保守派との摩擦はこれまでになく深刻になることは間違いない。マケドニアは「第二のウクライナ」になりかねない瀬戸際にある。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。
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