コラム

なぜ「マケドニアの国名変更」が米ロの緊張を呼ぶか──「フェイクニュース大国」をめぐる攻防

2018年10月02日(火)15時04分

これはマケドニアでギリシャへの反感を呼び、「古代マケドニア王国の復興」や「スラブ人国家としてのマケドニア」をイメージ化する復古的ナショナリズムの台頭を促すきっかけになった。そのなかで2006年に政権の座についた内部マケドニア革命組織・民族統一民主党連合(VMRO-DPMNE)は、欧米諸国への反感から、ロシアとの関係を深めた。マケドニアには、ロシア語で授業を行う大学がロシアの援助で設立されている。

つまり、マケドニアとギリシャの対立はバルカン半島にロシアが拠点を設けることを助けてきたのであり、これは西側にとって安全保障上の懸案になってきたのである。

国民投票への道

この背景のもと、2016年選挙ではVMRO-DPMNEの汚職などが問題となり、中道左派の社会民主同盟連合(SDSM)が躍進。議席数ではVMRO-DPMNEに及ばなかったものの、他の野党との連立により、政権を握った。

これにともない、ザエフ首相は西側への接近を図り、2018年6月にはギリシャ政府との間で「北マケドニア共和国」への変更で合意した。ギリシャとの対立を収束させることは、NATOやEUへの加盟の道を開くことにつながる。

ただし、国名の変更には多くの手続きが必要で、特にマケドニアの側には憲法の改正や、それにともなう議会での三分の二以上の賛成が求められる。今回の国民投票は、その入り口になったのだ。

こうしてみたとき、EUの「扇の要」であり続けたメルケル首相をはじめ、西側諸国のリーダーがマケドニア国民投票に強い期待をかけたのは不思議でない。

「フェイクニュース産業」の蔓延

これに関連して、欧米諸国にとって今回の国民投票が重大である第二の理由は、マケドニアを取り込むことが「フェイクニュース産業」の壊滅と全容解明の一歩になるという期待である。

2016年アメリカ大統領選挙ではソーシャルメディアで「ヒラリー・クリントン氏が『イスラーム国』に武器を提供していた」、「クリントン候補の健康状態は非常に深刻」といったフェイクニュースが飛び交った。同様のフェイクニュースは、アメリカに限らず欧米諸国の選挙でも広がっているが、マケドニアはその発信源として注目されているのだ。

マケドニアでは大統領選挙に先立つ2015年だけで、アメリカ政治に関するサイトが140以上立ち上げられ、フェイクニュースの発信源となったが、そのほとんどは10代を含む若い世代によって運営されているとみられる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏銀行、資金調達の市場依存が危機時にリスク=

ビジネス

ビットコイン一時9万ドル割れ、リスク志向後退 機関

ビジネス

欧州の銀行、前例のないリスクに備えを ECB警告

ビジネス

ブラジル、仮想通貨の国際決済に課税検討=関係筋
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story