コラム

注目を集める武蔵野市の住民投票条例案。「住民」とは誰のことか

2021年12月21日(火)10時45分
投票箱

smartboy10-iStock.

<地域で暮らす人々の背景が多様化するなか、そこでの政治参加の在り方に国籍で線を引き続けるべきか、議論がなされるべきだ>

東京都武蔵野市の住民投票条例案が注目を集めている。特に日本初というわけでもないのだが、外国籍住民にも投票を認める点が関心の理由だ。

折しも米ニューヨーク市では外国籍住民に選挙権を付与する法案が可決されたばかり。市長選などで新たに投票できる人々は80万人に上り、有権者の2割を占めるそうだ。

最初に述べておくと、私は外国籍住民の地方参政権は住民投票に限らず認める方向で検討を進めるべきだと思っている。国籍がどうあれ住民は住民だ。地域で暮らす人々の背景が多様化するなか、そこでの政治参加の在り方に国籍で線を引き続けるべきか、議論がなされて当然である。

ニューヨーク市の事例もさることながら、ヨーロッパなどでは既に一定の居住期間や在留資格の取得を要件として外国籍者に地方参政権を認めている国や地域も少なくない。実は日本の与党内でも意見が割れていて、公明党は永住外国人への地方参政権付与を選挙公約に掲げていた。

もちろん反対の立場からの意見があってよいと思う。だが、それにしても武蔵野市の条例案にかこつけた発言には目に余るものが少なくない。外国人に「乗っ取られる」というタイプの言説がその典型で、ヘイトや差別にもつながるものだ。

例えば、「やろうと思えば、15万人の武蔵野市の過半数の8万人の中国人を日本国内から転居させる事も可能。行政や議会も選挙で牛耳られる」(佐藤正久自民党参院議員)、「中国が多くの中国人を武蔵野市に集中させれば武蔵野市は乗っ取られる」(田母神俊雄氏)など、明らかに荒唐無稽な内容である。

だが両人ともツイッターのフォロワーは数十万人に上り、賛同のコメントも多数付いている。

自民党の長島昭久衆院議員の言葉にも問題を感じた。「参政権という国家の舵取りを担う責任は、その国家と運命を共にする意思を持った国民のみに存する(帰るべき母国が他にある外国人ではない)」とブログに記している。

日本国籍のある「国民」には「国家と運命を共にする意思」を持つことを迫り、外国籍者には「帰るべき母国が他にある」はずだと迫る。どちらの想定もおかしい。

特に後者については、日本で暮らし続けることを選ぶ外国籍者の存在も、あるいは日本生まれの外国籍の子供や若者たちの存在(そして両親が外国籍の場合にその子供を外国籍とする血統主義の国籍法の問題)も、見えていないのではないか。

プロフィール

望月優大

ライター。ウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。著書に『ふたつの日本──「移民国家」の建前と現実』 。移民・外国人に関してなど社会的なテーマを中心に発信を継続。非営利団体などへのアドバイザリーも行っている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story