コラム

元No.1ホストに聞いた、歌舞伎町という「居場所」と社会とのつながり

2019年12月19日(木)19時25分

ナンバーワンホスト時代の手塚マキ(2003年) COURTESY MAKI TEZUKA

<ジャーナリスト・久保田智子が、一般の方に人生ついて聞く連載コラム。今回は、歌舞伎町のホストクラブ会長・手塚マキ氏にインタビュー。元ナンバーワンホストが語る本音と「普通」を貫くことの意義とは>

「大学1年の7月、微分積分のテストで問題を見つめながら考えたんです。将来のため勉強するか。今、目の前の分かりやすい成果を求めるか」。テスト時間は終了する。答案用紙は白紙だった。「覚悟を決めました。大学もやめて、家にも帰らない。この道にどっぷり専念すると」。そして彼が向かったのは、夜の新宿・歌舞伎町だった。

歌舞伎町のホストクラブでナンバーワンだった手塚マキさん(42)は1977年、埼玉県に生まれた。「親に怒られたことも、褒められたことも、基本なかった」と、自分は突出した特技のない「普通」の人間だと強調する。

普通とは「凡庸」をイメージさせる表現である。だが彼の「普通」は特別なものを包摂しているように思えた。なぜならこの「普通」が、彼をたった1年でナンバーワンホストにまで上り詰めることを可能にしたからだ。

「当たり前のことをしただけ。お客さんにきちんと連絡するとか、遅刻しないとか。すごいテクニックもないし、僕よりもっとかっこいいホストも、酒を飲めるホストもいた。でもみんな刹那的に生きているんです。丁寧に接客なんてしてなかった。僕はただ仕事に真面目だった」。不良のえりすぐりが集まる歌舞伎町で、彼の「普通」は「特別」に転回した。

しかし「普通」は、手塚さんを悩ます要因でもあった。「売り上げが上がる日は盛り上がる。自分にシャンパンがたくさん入って。自分にはその価値があると堂々としているのが正しいんです。でも、自分はそう思えなかった。だから酒飲んでごまかしていた。100万円使ってくれてありがとうって、しらふでは言えなかった。貯金したほうがいいよって。でも、100万円使ってくれって頼むんです。自分の地位を守るために。矛盾との戦い。次の日、酔いがさめれば、何やってるんだろうって、空虚を見つめていた」

いま手塚さんは、歌舞伎町で6軒のホストクラブを運営する「Smappa!Group」の会長として155人のホストを率いる。大学を飛び出して23年。歌舞伎町を去ることは何度も考えたという。だが多くのホストにとってここが唯一の居場所になっていることに気付き、自分の未来から彼らの未来に視点が移った。そして歌舞伎町を起点にホストを外の社会につなげることを始めた。

プロフィール

久保田智子

ジャーナリスト。広島・長崎や沖縄、アメリカをフィールドに、戦争の記憶について取材。2000年にTBSテレビに入社。アナウンサーとして「どうぶつ奇想天外!」「筑紫哲也のニュース23」「報道特集」などを担当。2013年からは報道局兼務となり、ニューヨーク特派員や政治部記者を経験。2017年にTBSテレビを退社後、アメリカ・コロンビア大学にてオーラスヒストリーを学び、2019年に修士号を取得。東京外国語大学欧米第一課程卒。横浜生まれ、広島育ち。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ軍事作戦を大幅に拡大、広範囲制圧へ

ワールド

中国軍、東シナ海で実弾射撃訓練 台湾周辺の演習エス

ワールド

今年のドイツ成長率予想0.2%に下方修正、回復は緩

ワールド

米民主上院議員が25時間以上演説、過去最長 トラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story