コラム

「ブレグジット」の妙案をひねり出せ 新首相メイが出した夏休みの宿題

2016年09月01日(木)16時20分

Neil Hall-REUTERS

<難民・移民を規制したいという離脱派の思いと、単一市場へのアクセスは死守したい現実派の執念の間をいかに泳ぎ切り、経済成長を実現するか。サッチャー以来2人目の女性英首相テリーザ・メイの手腕が試される時が来た>

 6月23日の国民投票で欧州連合(EU)離脱を選択した英国は通貨ポンドの急落で国内外の観光客でにぎわい、株式市場も予想外に上昇した。この2カ月余の間、当初心配された制御不能な混乱は免れた。しかし「ブレグジット(BritainとExitを組み合わせた造語で、英国のEU離脱を意味する)」のプロセスが実際に始まれば、話は別である。先行きがまったく見通せないことから投資の手控えはすでに世帯レベルまで広がっており、2017年には景気は低迷すると複数の大手投資銀行は予測する。英国もEUも離脱手続きをあまり急がない方針で一致している。

 夏休みも終わり、英国の新首相メイは8月31日、首相別邸チェッカーズに閣僚を招集し、宿題に出しておいた「ブレグジット」案の報告を受けた。首相官邸によると、メイはブレグジットの大枠について改めてこう釘を刺した。「ブレグジットはブレグジットだということを明確にし続けなければならない。国民投票のやり直しはない。裏口を使ってEUに残留しようという試みもしない。私たちはブレグジットを遂行する」。そして、こう続けた。「英国を発展させる本当の機会を得た。その機会を英国のみんなのために確実に機能させる」

【参考記事】不安なイギリスを導く似て非なる女性リーダー

グローバル経済か平等か

 閣内には、移民規制を主張する離脱派と単一市場へのアクセスを再優先に考える現実派の深刻な対立がくすぶっている。メイはEU基本法(リスボン条約)50条に基づく離脱手続きの開始通告を17年に先送りする考えだ。同じ年の4~5月にフランス大統領選、10月にドイツ総選挙が予定されており、仏独両首脳が決まってからEUは英国とEU離脱交渉を始めるというのが一般的な見方だ。時間はまだあるとは言うものの、メイには、サッチャー(1925~2013年)が断行した新自由主義(市場原理を重視する経済理論)のような確固たるアイデアがあるわけではない。欧州懐疑主義が渦巻く国民世論と保守党内の右派をにらみながらの難しい舵取りを迫られる。状況対応型になると、大胆なグローバル戦略が取れなくなり、英国経済は国際競争力を失い、 世界経済の中で埋没するリスクが大きくなる。

【参考記事】英仏がドーバー海峡で難民の押し付け合い

 先の国民投票で、格差を広げるグローバル経済と格差を嫌う民主主義の相剋がクローズアップされた。「人・物・金・サービス」が地球規模で自由に行き来するグローバル経済は、これまで国民が意識せずに済んできた国家間の格差問題を国内に持ち込み、貧富の格差を拡大させた。同じ島国でも人の自由移動を認めない日本と認めてきた英国を比べると、その違いは歴然としている。「人・物・金・サービス」の中で一番高い成長力を持つのは人(移民)である。移民を受け入れるのは成長力を国内に取り込むのと同じだ。物や金(資本)の移動だけを認めると、途上国の安い製品が流入する一方で資本が国外に流出し、成長力を奪われる。少子高齢化が急速に進む日本経済の衰退は必然と言えるだろう。

【参考記事】EU離脱派勝利が示す国民投票の怖さとキャメロンの罪

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ次期大統領、予算局長にボート氏 プロジェク

ワールド

トランプ氏、労働長官にチャベスデレマー下院議員を指

ビジネス

アングル:データセンター対応で化石燃料使用急増の恐

ワールド

COP29、会期延長 途上国支援案で合意できず
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 9
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story