コラム

イスラム教・キリスト教の対立を描くエジプト映画【解説・後編】

2016年12月22日(木)15時55分

主人公が座る隣にある墓石。舞台になった場所は広大な墓地に人々が住む「死者の町」と呼ばれる場所=映画『敷物と掛布』より

<12月11日、エジプトのコプト教(キリスト教の一派)教会で爆弾テロがあり、イスラム国が犯行声明を出した。6年前の革命(アラブの春)を扱い、その中で2宗教の関係をテーマとする不思議な映画『敷物と掛布』から、エジプトのいまを読み解く>

【キリスト教会テロ解説・前編】エジプトのキリスト教会テロはなぜ起こったか

※本文の最後に『敷物と掛布』の予告編があります。

 前編では12月11日に起こったコプト教会へのテロを、2011年のエジプト革命からの流れの中で読み解いた。しかし、エジプトの混乱とコプト教徒が置かれた状況を縷々説明しても、日本人にどれほど伝わるかのという不安もある。日本からは余りに遠い世界である。そう思っている時に、エジプト革命を扱い、その中でイスラム教徒とコプト教徒の関係もテーマとしているエジプト映画が来年1月から日本で上映されることを知った。

『敷物と掛布』(2013年、アフマド・アブダッラー監督)であり、2017年1月から3月にかけて、東京、名古屋、神戸で開かれる「イスラーム映画祭」で上映される。

 私はアブダッラー監督がアラブ風ラップの音楽グループを扱った『マイクロフォン」(2010年)という映画を見て、そのポップな作風に感銘を受けて、解説を書いたことがある(「エジプト映画 自由を求める若者を描く『マイクロフォン』」中東ウオッチ by 川上泰徳) 。

 同じ監督が、コプト教会へのテロの背景を知る上で、エジプト革命を描き、イスラム教徒とコプト教徒の関係をテーマにした映画をつくったとなれば、日本の読者にもとっつきやすいのではないか、と思った。欧米の映画祭でも賞をとっているような秀作という評価である。映画祭事務局に連絡し、映画を見た。決して分かりやすい映画ではないが、それだけにエジプト革命下の混沌とした状況を直に入り込むような不思議な映画体験を味わうことができる。

 主人公を含め、登場人物の会話はほとんどなく、革命の情勢を伝えるラジオニュースや、人々のインタビューが時折、はさみ込まれるだけ。分かりやすいストーリーもない。エジプト革命についても、エジプトのコプト教徒についても、予備知識がない日本人の観客が、映画を見て読み取ることができる情報は非常に少ない。ドキュメンタリーの手法をとっているが、すべてが現実と符合するわけではなく、エジプト革命の時に現地にいて取材した私が見ても、何を意味するのかよく分からない部分がある。

 映画は2011年1月の革命が始まったエジプトを舞台としている。警官とデモ隊の大規模衝突の後、刑務所から大勢の服役囚が逃げ出す事件があった。主人公はカイロの貧困地域出身の服役囚でイスラム教徒である。デモに参加して投獄されたコプト教徒の若者と共に刑務所から逃亡する。コプト教徒の若者は逃げる時に腹を銃撃されて負傷しており、イスラム教徒の若者に「革命の真実」を映す動画を録画した携帯電話と家族への手紙を託す。

 前編の解説で、エジプト革命の時に「刑務所が開かれ、大勢の服役囚が脱走した」という情報が広がったと書いた。この映画は、その時に脱走した囚人を主人公とした映画なのである。革命に参加して投獄された若者がコプト教徒という設定は、コプト教徒もイスラム教徒と共にエジプト革命に参加したと前編で書いたこととも符合する。

 イスラム教徒の若者はコプト教徒の若者の携帯と手紙を持って、家を訪れ、家族に見せる。映画の中では、イスラム教徒の主人公は一緒に逃亡した若者がコプト教徒だということは知らされず、若者が残した手紙の住所を頼って探しているうちに、壁に十字架やイエス像が飾られた家にたどり着いたことで、若者がコプト教徒だったことを知るという設定になっている。

【参考記事】若者の未熟さと「イスラム復興」の契機【アラブの春5周年(中)】

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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