コラム

若者の未熟さと「イスラム復興」の契機【アラブの春5周年(中)】

2016年02月16日(火)16時44分

若者たちの反乱により強権政治が終わったが、その後に誕生した「ムスリム同胞団」政権は若者の支持を得られず、2013年7月にはムルシ大統領によるイスラム色の強い政治に抗議するデモが行われた(反ムルシ・デモ隊の中にいた少女、額に「去れ」と書かれている) Amr Abdallah Dalsh-REUTERS

※【アラブの春5周年(上)】強権の崩壊は大卒失業者の反乱で始まった

主催者の予想をはるかに超えたデモの規模

「アラブの春」には全く相反する2つの側面があった。ツイッターやフェイスブックという新しい通信手段を駆使した若者たちが強権体制を倒したという「若者たちの反乱」の側面と、民主的な選挙によってイスラム政党が主導権を握った「イスラム復興」の側面である。

 エジプトでは2011年1月25日に始まった連日のデモの結果、2月11日にムバラク大統領が辞任した。エジプト革命はデモが始まった日から「1月25日革命」と呼ばれる。1月25日はエジプトの「警察記念日」であり、若者たちは「公正と自由」や政治改革を求めるデモを、その日にぶつける計画だった。11日前の1月14日にチュニジアのベンアリ大統領がデモの広がりの中で出国し、政権が崩壊した。しかし、エジプトのムバラク政権がチュニジアに続いて倒れるとは、誰も考えていなかった。

 私は後日、1月25日のデモの準備会合を開いた「4月6日運動」の若者リーダーに取材した。「毎年、警察記念日にデモをしているが、集まるのは数百人だ。今年はチュニジアのこともあるが、それでも2千人も集まれば大成功と思っていた」というのが、そのリーダーが語った事前の予測だった。しかし、実際には数万人がデモに参加し、事態は革命へと動き始めた。

 大勢の若者が集まった背景には、前年にエジプト第2の都市アレキサンドリアでハーリド・サイードという若者が警官の暴力により死んだ事件に抗議するフェイスブックサイト「クッリナ・ハーリド・サイード(我々はみな、ハーリド・サイードだ)」の存在がある。ハーリド・サイードは政治とは関係ない普通の若者で、サイトには普通の若者たちが集まり、70万人がアクセスしていたともいわれた。デモを計画した若者政治組織のリーダーたちは、デモの予定や注意事項、デモで唱えるスローガンなどをそのサイトに掲示した。結果的には、そのサイトでデモを知った若者たちが通りに繰り出したことになる。

「素人」が大挙してデモに参加

 当時、1月25日にどのような若者がデモに参加したのかを知りたくて、様々にインタビューしたが、多くは政治活動の経験のない若者たちだった。例えば、私が90年代半ばから知っているイスラム穏健派の若手リーダーで、政党を立ち上げるなど活発に動いていた人物の2人の息子に話を聞いた。兄は弁護士になり、父親とともに政治活動に入ったが、弟は「父のように度々刑務所に入る生活は嫌だ」と言って、政治とは全く関係ない生活で、音楽などに熱中していた。25日のデモに参加したのは、政治青年の兄ではなく、ノンポリの弟の方だった。弟は「友達に誘われたから」とデモに参加し、兄は「25日のデモが大きなきっかけになるとは思わなかった」とデモには参加しなかった。

 公安警察も、25日のデモに向けて行ったのはムバラク時代に選挙に参加し、国会での政府批判勢力だったイスラム穏健派組織の「ムスリム同胞団」の幹部を呼び出して、「デモにメンバーを参加させるな」と釘を刺したことぐらいだったということは確認できた。警察が脅威だと考えていたのは同胞団だけだった。同胞団の若者リーダーは準備会合にも参加し、25日のデモにも参加したが、同胞団ではデモの参加に動員はかけなかった。

 25日のデモは、呼びかけた若者の政治リーダーたちも、警察も、既存の政治勢力も、全く予想しないような大規模となり、タハリール広場に数万人が集まった。夜になって治安部隊による排除が始まったが、若者たちは警察の攻勢を押し返し、夜中になってようやくデモ隊は排除された。この光景は、アルジャジーラテレビなどで放映され、既存の政治組織や政治青年たちに衝撃を与える。そして「怒りの金曜日」と名付けられた28日の金曜日の集団礼拝の後、さらに大規模なデモが行われ、タハリール広場の周辺でデモ隊から約800人の死者を出す、大規模な衝突へとつながった。

 同胞団で長年政治活動に携わってきた人物は、25日のデモをテレビで見た時、若者たちが携帯電話を持ってデモに参加して、写真を撮り、それをインターネットで送っているのを知って、「これはみな素人だと思った」と語った。なぜなら、政治活動をしたことがある者なら、デモに参加する時には警察に拘束されてもいいように、小銭をポケットに入れるだけで、自分の連絡先が知られてしまう携帯電話は絶対に持っていかない、というわけだ。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、中距離弾でウクライナ攻撃 西側供与の長距離

ビジネス

FRBのQT継続に問題なし、準備預金残高なお「潤沢

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザで戦争犯罪容

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story