コラム

「核心」化する習近平

2016年02月04日(木)16時00分

(左から)「核心」になれなかった胡錦濤、「核心」になった江沢民、毛沢東、鄧小平(畑に建てられた看板) REUTERS

政治的権威の強化急ぐ

 今年の1月半ば以来、中国の地方各紙の紙上には、地方政治指導者がこぞって習近平を「核心」と呼ぶ記事が掲載された。1月中旬から、四川省、天津市、安徽省、広西壮族自治区、西安市、湖北省、北京市の党委員会書記らが、異口同音に習近平を党中央の「核心」と言い始めている。正直なところ驚いた。

 2016年に入って中国政治は、習近平の政治的権威の強化に向けた動きを加速させている。なぜ、そんなに急ぐのか。

【参考記事】習近平、生き残りを懸けた2つの政治ゲーム

 中国政治において、「核心」という表現は政治的権威の象徴である。これまで極めて慎重に、かつ意図的に用いられてきた。習近平が「核心」となることは、彼の政治的権威が毛沢東や鄧小平と同じ高みにまでにまでのぼることを意味する。

 毛沢東と鄧小平、そして江沢民は、それぞれ中国共産党中央における核心であった。第一世代は「毛沢東同志を核心とする党中央」といわれ、第二世代は「鄧小平同志を核心とする党中央」、第三世代は「江沢民同志を核心とする党中央」であった。しかし胡錦濤は「胡錦濤同志を総書記とする党中央」と表現されるにとどまった。習近平は、これまで「習近平同志を総書記とする党中央」だった。

 毛沢東の政治的権威はいうまでもない。「改革開放の総設計師」としての鄧小平は自らを第二世代の「核心」と定義づけた。しかし鄧には誰もが認めるほどの実績がある。江沢民の場合は鄧小平というカリスマの「一声」があって定着した。胡錦濤はかつて「核心」という呼称で呼ばれたことが2回あったが、それは定着しなかった。そして習近平は自分で自分を「核心」に推戴しようとしている。なぜか。

危機克服のために必要な「核心」

 少し長い時間の幅で中国政治を見渡すと、習近平の「核心」化には既視感を覚える。1980年代末、経済格差や腐敗汚職の深刻化、インフレ等、改革開放政策の行き詰まりに直面していた指導部は、強いリーダーシップによる局面の打開を模索し、「新権威主義」という概念の下、政治指導者の政治的権威強化の必要性を提起した。習近平の「核心」化は、似た構図だ。さらにさかのぼれば20世紀初頭における自由民主派と開明専制派との論争にも同じ構図を見出すことができよう。中国政治は危機に直面するとストロング・マンを求める。
 
【参考記事】人民解放軍を骨抜きにする習近平の軍事制度改革

 政治指導者の政治的権威の強化は、時の指導部が難局を突破するために選ぶ手段であった。政権指導部が習近平の「核心」化を要求することに、政権指導部の危機認識が投影されているのだ。

プロフィール

加茂具樹

慶應義塾大学 総合政策学部教授
1972年生まれ。博士(政策・メディア)。専門は現代中国政治、比較政治学。2015年より現職。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員を兼任。國立台湾師範大学政治学研究所訪問研究員、カリフォルニア大学バークレー校東アジア研究所中国研究センター訪問研究員、國立政治大学国際事務学院客員准教授を歴任。著書に『現代中国政治と人民代表大会』(単著、慶應義塾大学出版会)、『党国体制の現在―変容する社会と中国共産党の適応』(編著、慶應義塾大学出版会)、『中国 改革開放への転換: 「一九七八年」を越えて』(編著、慶應義塾大学出版会)、『北京コンセンサス:中国流が世界を動かす?』(共訳、岩波書店)ほか。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story