コラム

国歌斉唱で胸に手を当てる、なでしこジャパンに違和感

2019年07月10日(水)11時10分

個人的には、特別な事情でもない限りは、国歌斉唱(自国でも、他国のものでも)で起立するのは正しいことだと思う。自国の国歌で声を出して歌うか、黙って起立しているかは、個人の選択に任せるべきだろう。これを強制すべきだとは思わないし、やらないからといって「大げさに騒ぎ立てる」のは間違っていると思う。僕なら絶対に、イギリス国歌を歌えと強制されたら抵抗するだろうし(そんな羽目にはなりたくない)、手を胸に置けと強いられても拒絶するだろう。

イングランドのサッカー選手を見てみれば、国歌を歌う選手もいれば、歌わない選手もいて、真剣な表情の選手も、笑顔の選手も、しきりに足踏みしている選手も(そわそわしているのか、試合に備えて体を動かしているのだろう)、注意深く耳を傾けて立つ選手も、ガムをクチャクチャしている選手もいる。こうした行動によって、画一的な行動規範に隠れて全選手が「埋没」するかわりに、選手の個性をいくらか「見る」ことができると思う。

ここ数年、アメリカではNFL選手だったコリン・キャパニックが国歌斉唱中の起立を拒否したことに端を発して激しい議論が巻き起こっている。正直に言って、僕は彼の行為をどうとらえればいいか分からない。一方では、彼はこういう形で自らの考えを表明する権利があると思うものの、他方ではこんな手段が必ずしも正しいとはいえないのでは、と思ったりもする。

ここイギリスでいえば、僕が覚えている中で一番有名で似たような「物議を醸す」例は、1990年のサッカーW杯で国歌斉唱中、ポール・ガスコイン選手がちょうどテレビカメラに映されときに舌を突き出したことだろう。国中が注目する重要な試合がまさに始まろうというところで、ガスコイン、愛称「ガッザ」はその空気を茶化さずにはいられなかったのだろう。

彼のこの行動が敬意を欠く、あるいは少なくとも愚かな行為だ、と考える人もいた。だがほとんどの人は、「ガッザでしょ?あのおバカの......」と笑って終わりだった。おかしな話に聞こえるかもしれないが、こんなふうに誰かがちょっとばかげた道の外し方をし、人々がそれを大した問題にしないような国に生まれたことを、僕は誇りに思う。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story