コラム

「ブラック労働」必至の英首相になぜなりたがる?

2019年06月25日(火)15時00分

英保守党党首選は議員投票でジョンソンとハントの2人に絞られた Jeff Overs/BBC/REUTERS

<どう考えても損な役回りになる次期英首相を目指す英保守党党首選で、こんなにも多くの候補者が権力と名声を求める理由は>

政治家は権力が好きだ。言うまでもないことかもしれないが、僕は時々このことを自分に言い聞かせなければならない。たぶん、僕自身が権力も名声も欲しがらないタイプだから、この事実を忘れてしまうのだろう。僕だったら監視の目に耐えられないし、重い責任は怖いし、あまりに多くの人々から嫌われるなんて我慢できない。どんなことをしてもある一定の層からは嫌悪され、ひどいあだ名を付けられ、侮辱的な風刺漫画を描かれる......。

もちろん、僕が政治家の野心について考えさせられたのは、英保守党の党首選が行われているからだ。10人以上もの候補者が、英首相の座を賭けて党首選に参戦した(さらにもう数人が出馬を検討していた)。これまでに、5回の議員投票を経て最終候補の2人にまでしぼられている。こんなにもたくさんの議員が、今のところは毒杯にしか見えないような地位を手に入れたがっていたことは、僕や多くの人々にとってはただただ驚きだ。

ブレグジット(イギリスのEU離脱)を遂行するのは、ことのほか困難であることが分かってきた。国の半分がブレグジットを望んでおらず、当のEUはなんとも腹立たしい交渉相手だ。英議会は離脱の形式をどうしたいのかも合意できず、テリーザ・メイ首相の提案した離脱案を否決し続け、事実上、彼女を辞任に追いやった。直近の選挙では、保守党の得票は9%にまで落ち込んだ(「通常」の選挙とは違う欧州議会選挙ではあったが)。

だから、次期首相は深く分断された国家を背負うというほとんど不可能に近い任務を担い、イギリス史上最も成功した政党・保守党の終焉期を担う羽目になるかもしれない、というリスクまで負う。それでも候補者たちは、とことん戦った。ベンジャミン・ディズレーリが英首相に就任した1868年、「グリース・ポール(油を塗った木の棒を上る競技)のトップに登り詰めた」と歓喜したという話を思い起こさせる。

偉大な米大統領にサイコパス的要素

政治の世界に進む人は、トップに登り詰めたがり、権力と責任を欲し、歴史に名を刻むことを求めているようにみえる。そのためについて回るあらゆる困難にもかかわらず、これらを手に入れたいようだ。もちろん、「国のために何かを成し遂げたい」という願いと一体になってはいるものの、本心ではどちらを本当に大事にしているのかは、人それぞれだしはっきりとは分からない。

この手の野心が完全に悪いものだと言いたいわけではない。違う視点で見てみることが大事だ。トップの職務に就きたがる人が誰もいなかったら、明らかに問題だろう。僕たちには政治的リーダーシップが必要だ。権力を手に入れて保持したいという欲求は、良いことを成し遂げるための強力な原動力になり得る。民主主義社会においては、こうした良いことは概して、市民が求め、国が必要とするようなリーダーシップを発揮することでしか達成できない。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

パウエル米FRB議長は模範的なセントラルバンカー=

ビジネス

ルーブル、対ドルで上昇 年初から40%値上がり

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介断念も 進展なければ

ビジネス

りそな銀、21年ぶりに米拠点開設へ 現地進出目指す
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判もなく中米の監禁センターに送られ、間違いとわかっても帰還は望めない
  • 3
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 4
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 5
    紅茶をこよなく愛するイギリス人の僕がティーバッグ…
  • 6
    ノーベル賞作家のハン・ガン氏が3回読んだ美学者の…
  • 7
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 8
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 9
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 10
    トランプが「核保有国」北朝鮮に超音速爆撃機B1Bを展…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 6
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 7
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 8
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story