コラム

村上春樹の小説を僕が嫌いな理由

2018年07月10日(火)18時30分

僕としては、彼の考えを伝えるのに、あれだけの長さが本当に必要なのかと問いたくなる。大長編は非常に優れているか、非常に重要な作品でなくてはならず、さもないと自己満足に陥りかねない。『戦争と平和』や『ドン・キホーテ』は、この条件を満たしている。さて、村上はどうだろう?

村上作品に長所がないわけではない(あの執筆のスタミナには敬服する)。むしろ僕が気になるのは、村上の人気が不相応に高いということだ。

この点へのいら立ちは、日本でよりイギリスで強く感じる。日本のファンは他の日本人作家も読んでいるだろうが、外国のファンは日本人作家の中では圧倒的に村上を読んでいる。僕としては村上だけでなく、『個人的な体験』や『坊っちゃん』『細雪』『雪国』も読んでもらいたいと思う。できれば村上作品より先に。

村上はジョージ・オーウェルやフランツ・カフカなど他の作家にさりげなく言及する。音楽家についても同じことをよくやっている(ヤナーチェクやコルトレーンなど)。ひいき目に見れば偉大な作家たちへのオマージュだが、シニカルに見れば自分が偉大な先人に近づいたことを暗に伝えようとしたり、彼らの名声を借りようとしたりする行為だ。

ファンも魅力を説明できない

どちらにしても、村上の作品と彼が触れている作家の作品を比べたくなる。『1Q84』はオーウェルの『1984年』の6倍も長いが、同じほど重要な作品だと誰が言えるだろうか。『審判』が書かれてから100年が過ぎ、「Kafka-esque(カフカ的な)」という言葉は普通に使われている。100年後に「Murakami-esque(村上的な)」が広く使われているとは思えない。

多くの人が村上作品を楽しんでいるなら、その人たちにはいいことだろう。ただし僕が村上ファンと話をすると、いつも彼らは村上を支持する説得力ある理由を言えない。「特別な魅力がある」とか「作品の空気が好きなんだ」と言うだけで、村上が何について書いているのか、なぜ村上が重要かを理解できるようなことは言ってくれない。

あるファンが週刊誌に、村上を理解する「マスターキーはない」と書いていた。「私は隠れた意味を探すのをやめた。そうすることをおすすめする」

だったら、村上は文学の殿堂に入るにはふさわしくないだろう。僕にとって村上は、どちらかといえばポップな現象のように思える。特徴ある商品が、上手に売られているような感じだ。ただ、それは必ずしも悪いことではない。

以前、村上ファンの多い所に居合わせたとき、僕は自分の考えを分かってもらおうと、彼らのヒーローはどちらのグループに入るのが自然かと尋ねた。

1つは、サミュエル・ベケット、ジェームズ・ジョイス、ドストエフスキー、オーウェル......。もう1つは、レディオヘッド、ポール・オースター、デビッド・リンチ、村上隆・・・・・・。

<本誌2018年5月15日号『特集:「日本すごい」に異議あり!』より転載>

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プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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