コラム

大学も就職も住宅も「損だらけ」のイギリスの若者たち

2017年07月14日(金)17時00分

働く限り続く借金返済

だが大学で教育を受ける人々の数が大幅に拡大したにも関わらず、高給の仕事の数はそれに見合うほど増えていない。多くの大卒者たちは、普通に義務教育を修了しただけの高卒者たちがしていたような仕事をしている。だが今や雇用主たちは、新規採用には大卒者を望むと条件をつけている。言い換えれば何百万人という若者が、18歳で借金ゼロで就職するのではなく、21歳から5万ポンドの借金を抱えて働き始めているのだ。

英財政学研究所(IFS)は、大卒者の4分の3は学生ローンを全額返済することはないだろうと推定している。そう聞くと彼らが借金の一部を「返済逃れ」しているように聞こえるかもしれないが、別の見方をすれば、多くの大卒者が50代になってもまだ大学費用の返済を終わらせられずに続けているということになる。

興味深いのは、この年齢は以前の世代だったら一般的には住宅ローンの返済を終えている年齢だということだ。かつて50代は金銭的な「ゴールライン」のようなものだった。18歳で働き始め、しばらく貯金して20代半ばで25年ローンを組んで最初の家を買う、というのが普通だったのだ。大学に進学した者も(98年までは)学費が無料で、ほんの数千ポンド、生活費のために借金したくらいだった。就職の見通しはとても明るかった。

今の若者にとって、これらは全てかなわぬ夢だ。住宅価格は歴史的水準にあり、とてつもなく高い。初めて家を購入する人の平均年齢は40歳近くに上昇している。若者は学生ローンの返済と住宅購入のための頭金の貯金を同時に行わなければならない。将来的には、学生ローンと住宅ローンを同時に返済していくことになる――それすら、順調にいけば、の話だが。

【参考記事】勢いづく「メルクロン」vs 落ち目のメイ

彼らはまさに、どうしようもない状態に陥っている。働ける間はずっと借金を返済し続け、同時にどうにかして老後のための貯金もしておくべきだと警告されているのだ!

僕はラッキーだった世代とアンラッキーな世代の、ある種「中間」にいる世代だ。僕の時代、大学授業料は無料だったが、景気後退の時期に卒業したため、僕は仕事を求めて国外に出た。つまり、イギリスで住宅が今より安価だった時代を逃してしまった(住宅価格は2000年頃に高騰を始め、その後ほぼ絶え間なく高騰し続けてどんどん手の届かない価格になっている)。全体としてみれば、もちろん僕は、今の若者よりはるかに幸運だ。

総選挙のキャンペーン中、あるコメンテーターが、総選挙は「世論という流れにカップを浸してくみ上げる」チャンスだと書いていた。初めて耳にした表現で、記憶に残る言葉だった。政府がくみ上げた世論はきっと、若者の憤りに満ちた苦い味がしたことだろう。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story