コラム

ロンドン地下鉄ストで恨まれる運転士

2015年09月10日(木)11時45分

 スト突入前に車両を車庫などに移動する必要があるため、スト前日の水曜午後から運行が遅れ始める(多くの通勤客が仕事を早めに切り上げて帰宅する)。ダイヤの乱れは金曜の午前中まで続き、出社が遅れる人が続出する(または1時間早く家を出る羽目になる)。バス待ちの列は延々と続き、時々小競り合いが起こり、人々のイライラは募る。多くの企業が大きな損失を被り、税収は減る。

 8月終わりごろのこと、終日ストが計画されていた。しかも今回は、同じ週に2回。火曜と木曜だ。つまり地下鉄は月曜から金曜まで一日たりともまともに運行しないまま、3連休に突中することになる(8月最終日はイギリスの祝日)。実質的に、何百万人もの人々がこの週に年休消化を「余儀なくされ」、イギリスのGDPがこの週だけ大幅に落ち込む羽目になる。

■当たり前の生活を求めているだけ?

 結局ストは「延期」された。今回の脅しがかなり効いたから、スト中止と引き換えに何かしらの待遇改善が提示されたのではないかと、僕は踏んでいる。

 もっと長期的に、彼ら鉄道運転士の権力を抑えられないだろうかという議論が続いている。運転士がいらない無人運転電車の開発を急げという声もあるし、政府はスト実施を困難にする新たな法律を検討していると言う。そのどちらも心待ちにされているようだ。

 人々は、地下鉄運転士の高待遇をねたんでいる。薄給のパートタイムに就いている若者、莫大な学生ローンを抱えた大学新卒者、彼らよりずっと安い給料で週55時間働く会社員まで......。

 僕には1つ、拭い去れない疑念がある。30年前は、労働者階級の一家でもロンドンに家を持てるのが普通のことだった。大邸宅ではないにしても、しっかり働いてきちんとお金を貯めれば、ロンドン中心部からそう遠くない郊外の小さな戸建てか、中心街に程近いアパートなどを買うことができた。たいてい妻は専業主婦で、働くにしても子供が大きくなってからパートタイムの仕事をする程度だった。

 それが今では、平均的なロンドンの物件は50万ポンド(9000万円強)を超える。これは標準的な地下鉄運転士の年収の約10倍だ。

 だから、みんなと同じように地下鉄運転士を恨みながらも、僕はこう思わずにいられない。なんだ、地下鉄運転士たちは、1世代前のロンドンの労働者が当たり前に手に入れていた生活を求めているだけじゃないか――。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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