コラム

タリバンはなぜ首都を奪還できたのか? 多くのアフガン人に「違和感なく」支持される現実

2021年08月26日(木)17時00分

もしこのような制度が消えてなくなったり、後退したりしたら、人々はどのように反応するのだろうか。

都会に暮らしたエリートや、自由を味わった女性や人々は、タリバンの保守性に我慢できるのだろうか。亡命するしかないのだろうか。殺されずに抗議は可能だろうか。超保守的な地域であっても、「何も変わらない伝統」を、今後もすべての人々は望むのだろうか。

長年内戦が続いた国内で、人々が望むのは、何よりも平和と不正のない社会だろう。一番の問題は、そのような社会を、本当にタリバンは実現できるのかということだ。

社会正義を実現したいと燃える人々から、社会に寄生するダニのようなグループまで、「外国勢を追い出す」という目標で束ねてきたかもしれないが、それは達成されてしまった。

また、タリバン運動は、主に指導者への絶対的な服従をイデオロギーとしていたが、ムラー・オマルの死(2013年4月に国内で死去)は、運動の統一性を保つことが難しくなるほどの打撃だったという。現時点ではどうなのだろう。

さらに、外国からの援助が必要な国情なので、援助を受ける代償に、外国の影響は避けられないだろう。どういう影響になるのか、国民はどう評価するのか。

もし国や政権の運営がうまくいかず、内紛が起きた場合、イスラム過激派が再び台頭して、過激な思想と方法で、国をまとめようとしてくる可能性は捨てきれない。果たして、タリバンは信用できるだろうか。

ある著者は、タリバンの首都奪還より前に「持続可能な対応とは、首都のイデオロギー的な不協和音から離れて、村で、アフガニスタン人同士で、お茶を飲みながら議論し、決定するものです」と書いていた。

本当は、そのようなやり方がふさわしい社会なのかもしれない。しかし、大国や近隣国の思惑がうずまく地域で、そのような伝統的で牧歌的な方法は許されないだろう。

現代的な国づくりが厳しい土地柄

つくづく、中央アジア(とアフリカ)は、現代世界の構成基本となっている「国民国家」が、本来は適していない土地だと思う。「国民国家」とは、一つの国に一つの国民(時に民族)、一つの政府、一つの軍隊があって団結している──というような国の在り方のことだ。

フランス革命でうまれて世界に広がったこの国の在り方と思想は、ナショナリズムと深い関わりがある。「国境など(ほぼ)なく、広い地域に複数の同じような、あるいは異なるグループが共存している」という世界は、地球上から事実上消滅してしまった。

これは、遊牧民の伝統や、他の遊牧民との共生、そして遊牧民の存在そのものを破壊する力がある。そのうえ、産業革命は遊牧民を、自然に合わせた人間の一つの生き方ではなく、ただの貧困に陥れてしまった。

それと同時に、改革が難しいのは、山岳地域の特徴にも思える。結局、ソ連もアメリカも撤退したアフガニスタン。同じく山岳地域のバルカン半島と、似ているところがあると思う。

そんな世界にあって、国の統治機構がしっかりしていなければ、ロシア、イラン、中国、パキスタン、インド、その他の隣国、アメリカなど、外国の思惑にまた翻弄されてしまうのではないだろうか。

それに、アフガニスタン人同士の争いで、暴力が、女性や子どもという弱者に向かっている。国連の報告書によると、2021年上半期に同国で死傷した女性や子どもの数は、2009年の記録開始以来、どの年の上半期よりも多かったという。

再び戦乱が起きて、安定と安心が築けなければ、人々はどうなってしまうのか。

世界の最貧国の一つでありながら、何か人を惹きつける、不思議な魅力のあるアフガニスタン。

「文明の十字路」が再び「戦乱の十字路」にならないよう、願うばかりだ。

アフガニスタンの国花、チューリップ。北部のクンドゥーズにて。短い春に咲き誇る、野生の真っ赤な花が美しい。

アフガニスタンは果樹栽培が盛んな、果物がおいしい国である。夏はぶどう、冬はざくろが有名だという。干しぶどう入りご飯もよく食べられるという。

【参考資料】
L'Insurrection talibane : guerre économique ou idéologique ?(2008)
https://www.cairn.info/revue-politique-etrangere-2008-2-page-345.htm

Afghanistan : peut-on faire la paix avec les talibans ?(2019)
https://theconversation.com/afghanistan-peut-on-faire-la-paix-avec-les-talibans-116323

Afghanistan : comprendre qui sont les talibans en 3 questions(Les Echos 2021)
https://www.lesechos.fr/monde/asie-pacifique/afghanistan-comprendre-qui-sont-les-talibans-en-3-questions-1339356

アフガニスタン 世界史の窓
https://www.y-history.net/appendix/wh1301-062.html

JICA 国際協力機構 アフガニスタン
https://www.jica.go.jp/afghanistan/index.htm

UN News
https://news.un.org/en/story/2021/08/1097902
https://news.un.org/en/story/2021/07/1096382

NATO News
https://www.nato.int/cps/en/natohq/news_186033.htm

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

今井佐緒里

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出合い、EUが変えゆく世界、平等と自由。社会・文化・国際関係等を中心に執筆。ソルボンヌ大学(Paris 3)大学院国際関係・ヨーロッパ研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。編著に「ニッポンの評判 世界17カ国最新レポート」(新潮社)、欧州の章編著に「世界が感嘆する日本人~海外メディアが報じた大震災後のニッポン」「世界で広がる脱原発」(宝島社)、連載「マリアンヌ時評」(フランス・ニュースダイジェスト)等。フランス政府組織で通訳。早稲田大学哲学科卒。出版社の編集者出身。 仏英語翻訳。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story