コラム

イギリスのワクチン「優先確保」にEUが激怒、アストラゼネカの言い分は?

2021年02月09日(火)19時25分

EUのかなりマシな「透明性」ゆえに、今回のように日本政府が、イギリス政府との交渉は何も言わないくせに、EUとの問題は公に話したということが起きるのだと思う。

しかし人々は、隠されたイギリス政府との交渉内容は気にかけることもなく、表に出たEUに対してだけ騒ぎ、EUに対して誤解を抱く。イギリス側の報道だけを見て、事態を判断する。

大変残念なことだと思うし、アメリカと並ぶ巨大な存在に対して、こんなんで日本は大丈夫なのだろうかと、心底不安になる。

ブレグジットとアストラゼネカの苦悩

長くなったが最後に、もう一つアストラゼネカ社の言い分を書いておこう。

同社のCEO、パスカル・ソリオ氏(フランス人)はいう。

「私たちは、実際にヨーロッパを公平に扱ってきたと思っている」と断言している。「私はヨーロッパ人だ。私の魂にはヨーロッパがある。スウェーデン人である我が社の会長は、ヨーロッパ人です。我が社の財務責任者はヨーロッパ人です。私たちの経営陣はヨーロッパ人です。だから、ヨーロッパをできうる限り全力で扱いたいと望んでいる」。

前の原稿にも少し書いたが、同社は、北欧最大級の製薬会社であったスウェーデンのアストラ社が、1999年にイギリスのゼネカ社を買収・合併してできた会社である。

1995年、スウェーデンはEUに加盟。そして、以前はEUの欧州医薬品庁(EMA)はイギリスにあった。このことは、合併によるアストラゼネカ社誕生と、本部をスウェーデンではなくイギリスに決定したことに、大いに関係があるに違いない。

しかしイギリスのEU離脱が決まり、欧州医薬品庁は2019年にオランダに移転した。そのため、イギリスにあった欧州中の関連企業や団体も、ごっそりオランダに移転。

離脱は国民投票で決まったものの、どういうふうに離脱するのか内容が定まらないなか、すべての関連企業と同じように、同社も不安な年月の中で、予防に全力を尽くした。

医薬品は、関税はもともとないので関係ないが、問題は相互認証問題である。大雑把にいうのなら「薬や医療機器が、イギリスでは使用許可されても、EU内ではOKにならないのではないか」という問題だ。

同社はイギリスへの投資を中止した。英国で既に保有していた科学機器の一部をスウェーデンで複製、新しいラボをスウェーデンに設立し、試験のキャパシティをスウェーデンで複製していた。すべてスウェーデンで行えば、EU加盟国だから、今までどおりで済むからだ。

コストも時間も、さらにストレスもかかる仕事だ。これらを進めたのは、スウェーデン人の会長(前CEO)だ。同社の中では、社員たちが「これからどうなってしまうのか」という大きな不安を抱えていたという。

そして結果的に、同社はEUには遠ざけられてしまった。これが同社の今後の戦略に、どう影響を与えるだろうか。

日本では同社製のワクチン9000万回分を、製薬会社JCRファーマが国内で製造することになった。また同社は昨年夏、日本国内の支店・営業所の67カ所を、全て閉鎖することを決めていた。

ともあれ、有力な市場である日本にも、間違いなくブレグジットの影響は及んでいるのだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

今井佐緒里

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出合い、EUが変えゆく世界、平等と自由。社会・文化・国際関係等を中心に執筆。ソルボンヌ大学(Paris 3)大学院国際関係・ヨーロッパ研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。編著に「ニッポンの評判 世界17カ国最新レポート」(新潮社)、欧州の章編著に「世界が感嘆する日本人~海外メディアが報じた大震災後のニッポン」「世界で広がる脱原発」(宝島社)、連載「マリアンヌ時評」(フランス・ニュースダイジェスト)等。フランス政府組織で通訳。早稲田大学哲学科卒。出版社の編集者出身。 仏英語翻訳。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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