コラム

日本もひとごとではないイスラム教徒の土葬問題

2020年12月24日(木)10時45分

マスクを着用したスリランカのイスラム教徒(コロンボ) DINUKA LIYANAWATTE-REUTERS

<スリランカの人口の約1割は土葬を原則とするイスラム教徒だが、政府はコロナ死者に火葬を義務付けた。WHOはどちらでも構わないとしており、パンデミックに乗じた疎外行為の疑いが>

コロナ感染によって死亡したイスラム教徒19人の遺体を火葬する──。12月、スリランカ政府はこう発表し、イスラム教徒が強く抗議した。

スリランカでイスラム教徒は人口の約10%を占める少数派だ。多数派は仏教徒で火葬も一般化している。一方イスラム教では、啓典コーランに埋葬法についての直接的言及はないものの、土葬が原則とされ火葬は基本的に禁じられている。

イスラム教徒は「現世」はいつか必ず終末を迎え、死者は生前の姿で「復活」して「最後の審判」を受け天国か地獄に行くと信じている。

コーラン第17章70節には「われ(神)はアダムの子孫たち(人間)を尊んだ」とある。預言者ムハンマドは「死者の骨を折ることは生前にそうすることと同様である」と言ったと伝えられる。故にイスラム教徒は死者を生前同様に尊び、そのままの姿で洗い清め、布に包んで土葬すべきだと考える。死者の爪や髪を切ることすら禁じられるのはそれ故だ。

彼らは火葬すると復活すべき肉体が失われると恐れる。アラビア語では火をナールと言い、それは地獄の別称でもある。コーランでも地獄は火の燃え盛る場所として描かれる。彼らが火葬に対して強い拒否反応を示すのは、火葬が地獄の業火を想起させ、死者を汚す行為と信じられているからでもある。

2020年4月、スリランカ政府はコロナ感染による死者には火葬を義務付けると決定した。政府は土葬によって地下水が汚染され感染拡大が進む可能性を理由として挙げたが、この決定には仏教徒であるラジャパクサ大統領を支持する有力僧侶が関与した、とも言われる。

WHO(世界保健機関)はコロナ感染者の遺体について、土葬でも火葬でも構わないとしている。スリランカでイスラム教徒は土葬を求める複数の嘆願書を提出したものの、裁判所が全て却下した。

国際人権NGOアムネスティ・インターナショナルは火葬義務化が不正であり、政府はパンデミック(感染症の世界的大流行)を利用しイスラム教徒を疎外しようとしていると批判した。アルジャジーラは2019年4月のスリランカ同時多発テロ事件以来、同国でイスラム教徒への敵意が高まっていると指摘。火葬義務化も反イスラムヒステリーの一環だと示唆する。

しかしこの決定は必ずしもイスラム教徒だけに埋葬法の変更を強いるものではない。キリスト教徒も土葬を求める嘆願書を出したが却下された。スリランカ政府はイスラム教徒の遺族に遺体を引き取るよう要請したものの遺族はこれを拒否し、政府は既に5人を火葬したと伝えられる。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story