コラム

イスラエルだけの責任ではない「ガザ封鎖」...エジプトが直面する「ハマスのジレンマ」とは?

2024年03月04日(月)12時25分
ガザ地区ラファとエジプトの間に設置されたフェンス

ガザ地区ラファとエジプトの間に設置されたフェンス(2月) IBRAHEEM ABU MUSTAFAーREUTERS

<ガザを封鎖しているのはイスラエルだけではない。南はエジプト国境に接している。なぜそのエジプトが新たに壁を建設しているのか。ハマスとの「関係」について>

パレスチナ自治区ガザはよく「天井のない監獄」と呼ばれる。そしてガザを鉄条網のフェンスやコンクリート壁で封鎖し、市民を「監獄」に押し込めているのはイスラエルだと断罪される。

この言説には重要な事実が欠落している。ガザを封鎖しているのはイスラエルだけではないのだ。

ガザは西を海に、北と東、南を壁に囲まれた365平方キロほどの地区で、北と東を封鎖しているのはイスラエルだ。しかし南を封鎖するのはエジプトである。

エジプトもイスラエル同様、ガザとの国境にフェンスと壁を複数設置している。

昨年10月7日にイスラム過激派組織ハマスがイスラエルに対する大規模テロ攻撃を実行し、戦争が開始されて以降もガザ地区の人々が地区外に避難できないのは、エジプトが受け入れを拒否しているからだ。

エジプトはパレスチナ同様、アラビア語を話しイスラム教を信じる人が国民の大多数を占める。かつてパレスチナの大義のために、イスラエルと4度にわたり戦争をした過去もある。

にもかかわらずガザ市民の前に国境を閉ざす主たる理由は、ガザを実効支配するハマスが、20世紀初頭にエジプトで誕生したイスラム原理主義組織ムスリム同胞団の下部組織だからだ。

ハマスは1987年、ムスリム同胞団のメンバーであるアフマド・ヤーシーンらによって、そのガザ支部として創設された。88年に発布されたハマス憲章第2条には「イスラム抵抗運動(ハマスの正式名称)はパレスチナにおけるムスリム同胞団の一翼である」と明記されている。

同胞団が目指すのは政治、経済、教育、社会、生活、文化等の全てがイスラム法で統べられる世界だ。世俗法による統治を行う既存体制の全てを敵視し、国家を打倒し、イスラム革命を実現するという目的のためには暴力をいとわない。アルカイダやイスラム国といったイスラム過激派組織の淵源にあるのが同胞団とそのイデオロギーだ。

現代エジプトの歴史は、同胞団との戦いの歴史だ。イスラエルと和平条約を締結したサダト大統領を「不信仰者」と呼び、暗殺したのも同胞団の分派組織メンバーである。

ハマスもまたエジプトを悩ませ続けてきた。07年にガザ地区を実効支配したハマスは、08年には国境にある壁を爆破し、数万人のガザ市民がエジプトに流入した。

2011年1月のいわゆる「アラブの春」では、エジプト各地でムバラク政権打倒の運動や暴動が発生するなか、武装勢力が刑務所を襲撃し11カ所から2万人以上が脱獄、犯罪や暴力が激増し治安悪化が極限に達した。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国副首相が米財務長官と会談、対中関税に懸念 対話

ビジネス

アングル:債券市場に安心感、QT減速観測と財務長官

ビジネス

米中古住宅販売、1月は4.9%減の408万戸 4カ

ワールド

米・ウクライナ、鉱物協定巡り協議継続か 米高官は署
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story