コラム

中国の知財ハッキングやロシアのネット世論操作にアメリカがうまく対処できない理由

2022年01月05日(水)15時00分

アメリカはガラスの家に住んでいることに、ようやく気がついて方向転換しようとしている...... Smederevac-iStock

<なぜ、アメリカは今そこにある危機に対して有効な手を打てないのだろう? そこには30年続いたアメリカのサイバー戦略の失敗があった>

今そこにある危機に対処できないアメリカ

中国がハッキングによって知財を剽窃していることや、ロシアがネット世論操作を行って選挙に干渉していることなどがアメリカにはわかっていたにもかかわらず、有効に対処できなかった。同様にISISなどネットを使いこなすテロリストに対する対処も後手に回っている。なぜ、アメリカは今そこにある危機に対して有効な手を打てないのだろう? そこには30年続いたアメリカのサイバー戦略の失敗があった。

Foreign Affairs2022年1月/2月号でアメリカのサイバー戦略の失敗についての特集「Digital Disorder」が組まれており、アメリカがサイバー空間における脅威を理解しておらず、いくつかの致命的なミスを冒したことが指摘されている。もっとも大きな誤りは、アメリカに対して、「サイバー・パールハーバー」のような壊滅的な攻撃が行われると考えたことで、それが全面的な戦争に発展するリスクを過大に評価した。実際に起こったのは、知財の剽窃やネット世論操作、あるいは近年のランサムウェアグループによる攻撃といった犯罪の境界線上のグレーゾーンの攻撃だった。特集は全体としてかなりのボリュームになるのでくわしい内容は別途拙ブログで紹介した。

サイバー脅威に対するアメリカの対策は、サイバー攻撃を阻止し、打ち負かすことに30年間焦点を合わせてきた。しかし、アメリカの努力にもかかわらず、サイバー攻撃は増加の一途をたどり、抑止効果がないことが明らかになった。アメリカ風の攻撃的なアプローチでは小規模な攻撃の繰り返しには役に立たないのだ。

アメリカが想定していたような戦時と平時の区別がはっきりつくような戦争はサイバー空間では起こらなかった。想定しなかった攻撃を受けたアメリカは有効な対策を行うことができず、ずるずると負けを重ねている。アメリカは世界トップのサイバー戦能力を保有しているが、深刻な脆弱性を抱えている。前掲の特集に書かれていたように、「アメリカは石を投げるのは得意だが、ガラスの家に住んでいる」のである。石を投げればガラスが割れるリスクがある。しかも、自分で自分の家の壁に石を投げて粉々に割ってしまう、オウンゴールと呼ぶべき事件も多発している。2013年に起きたスノーデンの暴露は同盟国との関係を毀損し、世界的なサイバーセキュリティの脅威はロシアよりもアメリカであるという認識が広まった。また、NSAから盗まれたエクスプロイトEternalBlueはランサムウェアWannaCryやサイバー攻撃NotPetyaを始めとして世界的に悪用されることになった。せっかく開発した武器を盗まれて悪用されたことはアメリカの安全保障の仕組みそのものの問題点を浮き彫りにしている。

アメリカの4つの誤り

アメリカの誤りはサイバー・パールハーバーの想定だけではなかった。特集では次の4点も指摘されている。

・サイバー空間を地政学上の脅威としてとらえず、対症療法に終始した

特集記事のひとつ「America's Cyber-Reckoning How to Fix a Failing Strategy」では、アメリカのサイバー戦略の根本的な誤りを指摘している。

他の安全保障上の脅威と同様に、サイバー空間にも総合的地政学的に対応する必要がある。しかし、アメリカは過去30年間のほとんどで、サイバー攻撃への対症療法に終始してきた。しかし、サイバー空間は非対称であり、攻撃者側が圧倒的に有利である。アメリカ政府の防御がいかに効果的になったとしても、敵対国からのサイバー攻撃をすべてかわすのは不可能だ。アメリカの努力にもかかわらず、中国、イラン、北朝鮮、ロシアの4カ国が攻撃を継続していることから対処が有効ではないのは明らかだ。アメリカのサイバー戦技術は世界有数だが、地政学的脅威は技術によって解決できないのだ。

私個人の印象だが、アメリカの取っている対処方法よりも中国やロシアが進めている閉鎖ネット化の方が有効な対処方法のように思える。

・非国家アクターへの対処の遅れ

2012年から2014年にかけて、アメリカの国家安全保障会議は大規模なサイバー攻撃に対応するための会合を何度も持ち、サイバー攻撃に関する大統領政策指令20を起草した。また、国防総省もサイバー攻撃への対処のプロトコルを策定した。これら一連の検討の中で非国家アクターの脅威が正しく評価されておらず、その脅威は拡大している。

非国家アクターとは、ランサムウェアグループや、ネット世論操作を代行する企業や組織などである。これらによってサイバー空間の脅威は拡大し、多様化し、正体をみきわめにくくなっている。2022年のサイバー空間脅威予測でも非国家アクターである民間企業のさらなる台頭があげられている。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story