コラム

中国の知財ハッキングやロシアのネット世論操作にアメリカがうまく対処できない理由

2022年01月05日(水)15時00分

Foreign Affairsの特集記事のひとつ「The End of Cyber-Anarchy? How to Build a New Digital Order」では、こうした非国家アクターは18世紀の私掠船(しりゃくせん)のように、やがて国際的に禁止されると予想している。私掠船とは、正規の軍隊ではないが、国家から敵国の船舶への攻撃や略奪を認可された船のことで、その後国際法の整備が進みパリ宣言によって禁止された。

私見であるが、サイバー空間は非対称であり、攻撃者が絶対有利かつ正体を隠すことが容易だ。私掠船と異なり、密かに活動を継続しやすい。たとえば、国際サイバー犯罪グループのさきがけとなったRBN(ロシアン・ビジネス・ネットワーク)は国際的な規制やロシア政府の取り締まりが厳しくなった後、世界に拡散した。

非国家アクターはハイブリッド戦あるいは超限戦における重要なアクターとなっており、簡単にその影響が消えることはないと考えた方がいいだろう。最近、アメリカは増加し、深刻化するランサムウェアの脅威に対抗するため軍が対応するようになったが、その内容を見る限りまだ対症療法の域を出ていない(New York Times)。

・情報戦の軽視

アメリカにおける2012年から2014年にかけての体制整備には、情報戦も盛り込まれていなかった。その結果、ロシアのネット世論操作を使った大統領選などへの干渉を許し、ネットを活用するISISなどへの対応が遅れることにつながった。

特集では触れられていないが、ロシアや中国とならぶネット世論操作先進国であるアメリカの防御面でも遅れは、国内でも問題を生むことになった。ロシアはウクライナに介入した際のアメリカの反応を見て、アメリカ大統領選への干渉をしても報復されることはないと確信したと記事は解説している。大統領選は2016年だが、実際にはその前に起きたBLM(Black Lives Matter)運動に干渉したり、大統領選の情報工作で用いるための偽のニュース媒体などを準備していた。

個人的に問題と思うのはSNSを放置したことだ。フェイスブックを始めとするSNSが選挙結果に影響を与えることは2016年以前からわかっていた。選挙結果に有意な影響を与える私企業のサービスに対して、法的制約がなければいいように利用されるのはわかりきっている。当然のようにロシアはネット世論操作に利用した。さらにSNSは陰謀論や反ワクチンの温床となってアメリカ社会に混乱をもたらし、2021年1月6日にはアメリカの議事堂に暴徒が押し寄せる事態となった。

そして、以前の記事でご紹介したようにSNSおよびネットサービスは陰謀論やデマサイトのサービス基盤と収益源を提供しており、産業として根付くもとを作った。情報戦、ネット世論操作への警戒しなかったために短期間でアメリカ社会は汚染されることになった。

・「信用」という脆弱性の放置

特集記事のひとつは、アメリカの最大の脆弱性として「信用」をあげている。国家、経済、貨幣などに対する信用が失われれば社会の基盤が破壊されるが、信用の破壊に対する有効な防御策は実施されていない。ランサムウェアや知財剽窃などの小規模で反復される攻撃は、直接壊滅的なダメージを与えるわけではないが、じわじわと信用を毀損してゆく。信用が破壊されて社会が壊れるのは政治、金融、安全などさまざまな分野にわたる。高い確率で研究開発の成果が盗まれるとわかっていたら企業は開発に投資しなくなり、投資家も研究開発投資に積極的な企業への投資を渋るようになるだろう。繰り返し仮想通貨が盗まれ、取引所から個人情報が漏洩するようになれば仮想通貨の取り付け騒動が起きても不思議ではない。

これまでのアメリカの対策は、侵入の阻止に焦点が当てられていたが、侵入してくる攻撃に耐えられるシステムを構築することがより重要なのだ。しかし、信用の防御方法は確立されていない。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏が閣僚刷新検討 イラン戦争が打撃 選挙控

ワールド

商船三井のLPG船がホルムズ海峡を通過 日本関係2

ワールド

ドバイの米オラクル施設に迎撃破片が落下、負傷者なし

ワールド

トランプ政権による大学への人種データ開示命令を仮差
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 2
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐせ・ワースト1
  • 3
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引、インサイダー疑惑が市場に波紋
  • 4
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ…
  • 5
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 6
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 7
    血圧やコレステロール値より重要?死亡リスクを予測…
  • 8
    中国は「アカデミズムの支配」を狙っている? 学術誌…
  • 9
    イラン戦争は「ハルマゲドンの前兆」か? トランプ…
  • 10
    満を持して行われたトランプの演説は「期待外れ」...…
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引、インサイダー疑惑が市場に波紋
  • 4
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 5
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 6
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 7
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 8
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 9
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のS…
  • 10
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story