コラム

北方領土「2島返還」が動き始めた理由

2018年11月22日(木)16時15分

1123hoppou2.jpg

国後島の中心都市・古釜布(ユジノクリリスク)の風景(16年12月撮影)YUYA SHINO-REUTERS

島々の戦略的・地政学的役割を重視するロシアは、16年に最新鋭ミサイルシステムを北方領土に配備している。近年は10万人規模の軍事演習も行っている。

プーチンとロシア政府は台頭する中国への対抗上、安倍が領土返還の見返りにちらつかせる経済的支援よりも島の軍事的価値を重視している──欧米の専門家はそう評価していた。

しかしここにきて、プーチンの計算が変わり始めたようだ。もしかすると、日本側から提示される経済的メリットが大幅に積み増しされたのかもしれない。

プーチンとしては、成長著しい経済と莫大な人口を擁する中国がロシア極東地域に隣接して対抗するためには、北方領土を軍事拠点として軍事力中心で中国を封じ込めるよりも、日本の莫大な投資を受け入れて極東地域の経済開発を加速させるほうが好ましいと、プーチンが考え始めた可能性がある。

確かに、ロシアが東アジアでの地位を強化する上では、このアプローチのほうが有望に見える。それに、日本からの投資という目先の恩恵も得られる。北方領土の軍事拠点化にこだわれば、莫大なコストがかかる半面、経済的恩恵は得られない。期待されるメリットは、紛争が起きて初めて生じるものだ。

もちろん、国と国の間には友人関係など存在しない。ロシアは常に自国の国益を最優先に行動するだろう。その点は、日本や中国やアメリカも同じだ(ただしアメリカの現政権は、自国の真の国益が何かを理解できていないようだが)。

約束を守るのが合理的

その点、中国がアジアで国力と存在感を増し続け、自己主張を強めるとすれば、日本とロシアは2国間の関係を緊密化することが理にかなっている。ロシアにとっては、日本との約束を守るのが合理的な行動だ。

西太平洋における航行の自由を守り、中国への経済的な依存を強め過ぎないために互いの経済的結び付きを強化したいという点で、日本とロシア(そしてアメリカ)は利害を共有している。それを考慮すると、2島返還による成果が具体的に見えてくれば、残る2島をめぐる話し合いが進展する可能性もある。

中国が第二次大戦後の国際秩序を揺るがし始めたことで、日本とロシアはこれまで70年余り興味を示さなかった選択肢に前向きになりつつある。

台頭する中国と独力で対峙できる国はない。それでも、安倍は自国の先人から教訓を得ているのかもしれない。江戸時代末期の大名である島津斉彬は、「主導権を握れば支配できる。主導権を失えば支配される」という趣旨の言葉を残している。

今の時代に他国を「支配」することはできないだろう。しかし、主導権を握れば安全と繁栄と安定を強化できる。

評価すべき点は評価しよう。プーチンと安倍が政治手腕を発揮して大仕事を成し遂げる可能性は十分にある。

<本誌2018年11月27日号掲載>


※11月27日号(11月20日発売)は「東京五輪を襲う中国ダークウェブ」特集。無防備な日本を狙う中国のサイバー攻撃が、ネットの奥深くで既に始まっている。彼らの「五輪ハッキング計画」の狙いから、中国政府のサイバー戦術の変化、ロシアのサイバー犯罪ビジネスまで、日本に忍び寄る危機をレポート。

20250408issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月8日号(4月1日発売)は「引きこもるアメリカ」特集。トランプ外交で見捨てられた欧州。プーチンの全面攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

フィンランドも対人地雷禁止条約離脱へ、ロシアの脅威

ワールド

米USTR、インドの貿易障壁に懸念 輸入要件「煩雑

ワールド

米議会上院の調査小委員会、メタの中国市場参入問題を

ワールド

米関税措置、WTO協定との整合性に懸念=外務省幹部
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story