コラム

北方領土「2島返還」が動き始めた理由

2018年11月22日(木)16時15分

11月14日、訪問先のシンガポールで会談したプーチン(右)と安倍 Alexei Druzhinin-Kremlin-Sputnik-REUTERS

<安倍とプーチンの大胆な政治決断の背景には中国の台頭という東アジアの地政学的変化がある>

少し皮肉めいた話だ。ドナルド・トランプ米大統領がもたらした破壊と混乱。習近平(シー・チンピン)国家主席の下でアジアの覇権を目指す中国の歴史的台頭。そして、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と日本の安倍晋三首相の強い決意を秘めた外交手腕。どうやら、この3つの組み合わせがアジアの地政学的状況に歴史的変化をもたらすことになりそうだ。

そして安倍は、いわゆる「北方領土」4島のうち少なくとも2島を取り戻し、残る2島へのアクセスを大幅に強化することになる。安倍の決断と自らチャンスをつくり出し、それをつかむ能力によって、日本は第二次大戦で味わった恥辱のかなりの部分をすすぐことが可能になるだろう。

ロシアとの北方領土交渉で必ずや突破口を開くという安倍の決意は確かに目を見張るものがある。しかし、この交渉で少なくとも一定の成果が見えてきた理由は、アジア太平洋地域の地政学的環境が変化したからだ。

中国の国力増大と、強引とも思える南シナ海への進出。唯一の超大国の名を汚し続けるアメリカの行動と、トランプの孤立主義、日本の同盟国としての信頼性の欠如。ロシアと日本は以上の要因から、台頭する中国への対抗手段として互いに手を組もうとした。

プーチンは、中国との2国間関係の強化に多大な努力を払ってきた。大型のエネルギー・投資契約を結び、合同の軍事演習まで実施した(アメリカ人はその目的を対米連合と誤解しがちだが)。安倍も、気まぐれになったアメリカとの関係強化を図る一方で、中国との関係改善に懸命に取り組んできた。

プーチン「変心」の裏事情

だがロシアにとって、対日交渉には特別な意味がある。北方領土交渉がまとまれば、ほとんど無価値な島々(近海には好漁場や豊富な鉱物資源がありそうだが)と引き換えに、日本から1000億円とも言われるロシア極東の経済開発援助と、国営エネルギー企業ガスプロムの液化天然ガス開発プロジェクトへの8億ユーロの融資を引き出せる可能性がある。

日本はもちろん第二次大戦終結から70数年ぶりに島を取り戻せる。安倍は「金と領土の交換」の受け入れをロシアに促す追加の呼び水として、日本は取り戻した領土に米軍事基地を造らせないと約束したようだ。

70年以上続く膠着状態の打開を阻んできた障害はまだ消えていない。国家の威信、歴史、地理、島の軍事的利用価値と戦略的・地政学的有用性は、どちらにとっても依然として重要だ。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story