コラム

コナン細菌、クマムシ...放射線に強い生物の「耐性メカニズム」は「被曝リスク時代」の希望となるか

2024年12月23日(月)22時45分

ところで、高線量の放射線が生物にとって害悪となるのは、①放射線が外部や内部から身体を作る細胞に当たる、②細胞を構成する原子や分子から電子が放出される、③それらが反応性の高いラジカル(活性酸素など)を作り周囲の細胞やDNAを傷つける、④DNAや身体を作るタンパク質の損傷が修復不可能になると細胞のがん化や組織障害が起こり、最終的には死に至る、といった一連の反応を引き起こすからです。

放射線や毒物の生物への影響の評価には「半数致死量」がよく使われます。ヒトは、全身に3〜5グレイの放射線を浴びると60 日以内に半数が死亡します。さらに被曝量が7~10 グレイになると、ほぼ全員が死亡すると言われています。

一方、コナン細菌の半数致死量は2万5000グレイという報告があります。さらにノースウェスタン大によって22年に行われた研究では、乾燥・冷凍させたコナン細菌は14万グレイの放射線量に耐えたとのことです。

マンガン、リン酸塩、DP1が組み合わさった物質を生成

さて、放射線耐性が高い理由の候補は、①DNAが傷つけられてもすぐに修復できる、②DNAが他の生物と比べて傷つきにくい、という2つのパターンが考えられます。

これまで、コナン細菌の放射線耐性の秘密は「DNAの損傷からの回復の速さ」にあると考えられてきました。けれど今回、研究グループは「抗酸化物質の生成に優れており、放射線照射で作られるはずの活性酸素を未然に防ぎ、そもそもDNA損傷させない」というメカニズムが働いていたことを明らかにしました。

先行研究では、微生物ではマンガンを含む抗酸化物質が多いほど放射線への耐性が増すこと、マンガンとリン酸塩が組み合わさるとより強力な抗酸化物質が作られることが知られていました。

今回の研究によると、コナン細菌ではマンガン、リン酸塩に加えてDP1と呼ばれるペプチド(複数のアミノ酸が結合した分子)を含む3物質が組み合わさった物質を生成していることが分かりました。

さらに、同様の成分構成である合成抗酸化物質MDPを使って調べてみると、ペプチドとリン酸塩がマンガンに結合した複合体は極めて強力な抗酸化物質となり、強大な放射線耐性を示すことが分かりました。

米国軍保健衛生大のマイケル・デイリー教授はCNNの取材に対して「今回の新たな知見は、強力なマンガンベースの抗酸化剤の開発につながる可能性がある。MDPは費用対効果が高いうえ無毒なので、経口投与することで防衛や医療、宇宙探査に応用できるかもしれない」と語っています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:米テキサス州はしかで死者、ワクチン懐疑派

ワールド

アングル:中国、消費拡大には構造改革が必須 全人代

ワールド

再送米ウクライナ首脳会談決裂、激しい口論 鉱物協定

ワールド

〔情報BOX〕米ウクライナ首脳衝突、欧州首脳らの反
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:破壊王マスク
特集:破壊王マスク
2025年3月 4日号(2/26発売)

「政府効率化省」トップとして米政府機関に大ナタ。イーロン・マスクは救世主か、破壊神か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 3
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身のテック人材が流出、連名で抗議の辞職
  • 4
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 5
    米ロ連携の「ゼレンスキーおろし」をウクライナ議会…
  • 6
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 7
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 8
    日本の大学「中国人急増」の、日本人が知らない深刻…
  • 9
    【クイズ】アメリカで2番目に「人口が多い」都市はど…
  • 10
    「売れる車がない」日産は鴻海の傘下に? ホンダも今…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チームが発表【最新研究】
  • 3
    障がいで歩けない子犬が、補助具で「初めて歩く」映像...嬉しそうな姿に感動する人が続出
  • 4
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 5
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
  • 6
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身…
  • 7
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 8
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story