コラム

コナン細菌、クマムシ...放射線に強い生物の「耐性メカニズム」は「被曝リスク時代」の希望となるか

2024年12月23日(月)22時45分

ところで、放射線耐性が高い生物というと、「クマムシ」を思い浮かべる人も多いでしょう。

クマムシは0.05~1.7ミリ程度の小さな生物で、約1500種が確認されています。世界中のいたるところに生息しており、100℃からほぼ絶対零度(マイナス273.15℃)、真空から75000気圧まで耐え、体内の水分量が3%になっても休眠状態になってしのぐことから「地球最強生物」とも呼ばれています。放射線耐性は、半数致死量が3000~5000グレイとされています。

最近はクマムシの高い放射線耐性や特殊な生命力の謎を解明し、ヒトに役立てようとする研究も進められています。本年10月には、中国・青島大の研究グループが「新種のクマムシにヒトの致死量にあたる放射線を照射すると、遺伝子が活性化された」と発表しました。研究成果は世界最高峰の総合学術誌「Science」に掲載されました。

研究チームは、中国河南省の苔から見つかった新種のクマムシ「Hypsibius henanensis」の様々な性質を調べていました。遺伝子検査をすると、1万4701個の遺伝子が存在し、そのうち約3割にあたる4436個がクマムシ類にしか見られない特殊な遺伝子であることが分かりました。

さらに、ヒトでは即死レベルの放射線量(200グレイと2000グレイ)を新種クマムシに照射してみると、2801個の遺伝子が活性化することを発見しました。活性化した遺伝子は、放射線で損傷を受けたDNAの修復や免疫反応の調整などに関わっていると考えられます。

放射線耐性に関わる3つのメカニズム

詳細な分析の結果、研究者たちは放射線耐性に関わる3つのメカニズムを発見しました。

1番目は、クマムシに特異的な遺伝子「TRID1」です。放射線によってDNAが切断されると修復を助ける特殊なタンパク質を呼び寄せる働きをすることが分かりました。これによって、通常の生物よりもはるかに速くDNA損傷を回復できると考えられます。

2番目は、「DODA1」というクマムシが進化の過程で他の生物から取り込んで獲得した遺伝子です。放射線に反応してクマムシの体内で、主に植物や菌類、細菌などにみられる4種類の抗酸化物質(ベタレイン色素)を作り出していました。ベタレインは放射線によって生成される有害な活性物質の60~70%を無害化し、放射線耐性を上げる役割を果たすと研究チームは説明します。

3番目は、エネルギー生産に関わるシステムです。ミトコンドリアの中で、細胞のエネルギーとなるATP(アデノシン三リン酸)の産生に関わる「BCS1」と「NDUFB8」という2つのタンパク質が、放射線に反応して増加していました。これらの働きによって、DNA損傷の修復が促進されるようです。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国輸出、2月は1%増に回復も予想下回る トランプ

ビジネス

中国2月製造業PMIは50台回復、3カ月ぶり高水準

ワールド

米政権、イスラエル向け30億ドル武器売却を議会に通

ワールド

米軍、不法移民対応で南部国境に1140人増派 総勢
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:破壊王マスク
特集:破壊王マスク
2025年3月 4日号(2/26発売)

「政府効率化省」トップとして米政府機関に大ナタ。イーロン・マスクは救世主か、破壊神か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 3
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身のテック人材が流出、連名で抗議の辞職
  • 4
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 5
    米ロ連携の「ゼレンスキーおろし」をウクライナ議会…
  • 6
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 7
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 8
    日本の大学「中国人急増」の、日本人が知らない深刻…
  • 9
    【クイズ】アメリカで2番目に「人口が多い」都市はど…
  • 10
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チームが発表【最新研究】
  • 3
    障がいで歩けない子犬が、補助具で「初めて歩く」映像...嬉しそうな姿に感動する人が続出
  • 4
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 5
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
  • 6
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身…
  • 7
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 8
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story