コラム

古川聡さんに聞いた宇宙生活のリアル...命を仲間に預ける環境で学んだ「人を信じること」の真価

2024年12月04日(水)17時00分

──古川さんのような医師のバックグラウンドを持つ宇宙飛行士が、JAXAにも他国機関にも何人かいらっしゃいます。その方たちとより専門的な宇宙医学について語ったり、例えば自分たちが主導して「宇宙での健康について、こんな研究したいね」というような話をしたりすることはあるのでしょうか。

古川 残念ながらそういうのは特にないんです。世界中で行われている研究について、宇宙飛行士の間で「最近はこういう研究が行われてるね」という話をすることがありますけれども、我々が主導してっていうのはありません。

──そうなんですね。ちょっと勿体なく感じてしまいます。実は2022年のJAXAの不適切な論文に関する議論で、私は報告書に「ISSで使っていた健康管理の評価方法をゴールデンスタンダードとして使うのは、先行研究や比較対象が少ないのにいかがなものか」という趣旨の内容が書かれていたことに一番驚きました。データの改ざんなど以前の問題で、評価法の信憑性に疑義を呈していたので。なので、ISSでの健康管理データをもっと集めて、その方法論がゴールデンスタンダードと認められてほしい、そのためには医師の宇宙飛行士が積極的に関与して研究に使えるデータ取得や取りまとめができればよいのにと思いました。この先、宇宙で現場主導の研究は実現しそうでしょうか。それともやはり難しいですか。

古川 現状は具体的なものはないんですけど、おっしゃってくださったように実際に現場で健康管理などをやっていく中で、課題を見つけてそれを研究って形に移していくことは世界的にはあり得ると思います。

──地上の研究者の思いがこもった実験とともに、ぜひ宇宙の現場発の研究も実現することを期待しています。

newsweekjp_20241203115613.jpg

帰国時の記者会見で宇宙での活動を伝える古川さん(6月17日) 筆者撮影

「不適切な論文」とは、22年11月、古川さんが実施責任者を務めた「宇宙生活を地上で模擬する精神ストレスに関する研究」で、データの捏造や改ざんなどの不正が見つかった事案のことです。不正は共同研究者によって行われ、古川さん自身は捏造や改ざんに関わっていませんが、戒告処分を受けました。

コツコツと勤勉なところ、後輩や若者を見る温かい目から、筆者は古川さんを「大学教授のような人だ」と感じることが往々にしてあります。けれどこの研究は、「指導教員と学生」ではなく「対等な共同研究者」と行われたものなので、実験ノートを実施責任者の古川さんに毎日見せなければならないなどのルールはなかったでしょう。

とは言え、責任者の1人としての立場と世間のJAXAや宇宙飛行士に対する注目や信頼を鑑みれば、古川さんへの一定の処分は妥当だったと言えます。ただ、あたかも古川さんが積極的に不正に関与したような誤った報道や批判も少なくなかったため、想像以上の苦しみもあったと思います。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国副首相が米財務長官と会談、対中関税に懸念 対話

ビジネス

アングル:債券市場に安心感、QT減速観測と財務長官

ビジネス

米中古住宅販売、1月は4.9%減の408万戸 4カ

ワールド

米・ウクライナ、鉱物協定巡り協議継続か 米高官は署
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story