コラム

小惑星衝突の脅威は「核兵器」で軽減できる? 「第2の月」出現中のいま知りたい「地球防衛研究」の最前線

2024年10月09日(水)17時50分

地球を救うために衝突前に小惑星の軌道を変更する方法には、宇宙船をぶつける、小惑星にロケットエンジンを取り付ける、爆薬や核兵器で破壊する、などが考えられています。NASAは2022年、DART(Double Asteroid Redirection Test) ミッションで、宇宙船を小惑星ディディモスの衛星ディモルフォス(直径170メートル)にぶつけ、公転周期を変えることに成功しました。

けれど、宇宙船をぶつける方法には、十分な開発期間と巨大な費用が必要です。小惑星が大型になれば、宇宙船も大きくしなければ効果は期待できません。

そこで、より大型の小惑星対策として、核兵器の利用が注目されています。利用方法には、①爆発によって小惑星を破壊し、落下しても地球大気圏で燃え尽きる程度に細かく砕く、②核爆発で放出される高エネルギーX線で小惑星表面の物質を蒸発させ、そのガスの急速膨張をロケットの推力のように使って小惑星の方向を変える、の2つが考案されています。

ただし、「核爆発の衝撃波は、小惑星の集積が密でない場合は吸収されるだけで、粉々にしたり、方向を変えたりする効果は薄い」という説も有力です。もっとも、これまでに実際の宇宙空間で試した人はいないので、はっきりしたことは分かっていません。

小惑星の表面近くで核爆発が起こった状況を実験で再現

今回、研究チームは、サンディア研究所にある世界最強クラスのX線パルス発生装置「Zマシン」を使って、「小惑星の一部蒸発による進路変更」の模擬実験を行いました。この装置は、アルゴンを数百万℃に熱してプラズマ状態にし、強力なX線パルスを発生させることができます。

太陽系内の成分の異なる小惑星に見立てた、コーヒー豆くらいの大きさ(約12ミリ)の2種の小石(石英と非晶質シリカ)を真空容器内に金属薄片で吊るし、X線を6.6ナノ秒間、照射しました。

その結果、金属は瞬時に蒸発しました。試料は無重力のような状態になり、宇宙空間の小惑星の表面近くで核爆発が起こった状況を再現することができました。さらに、小石の照射を受けた部分は表面が瞬間的に蒸発し、その噴出ガスによってロケット噴射のような推力が生まれました。すると、蒸発せずに残った部分は、石英では秒速69.5メートル(時速250.2キロ)、非晶質シリカでは同70.3メートル(同253.08キロ)で飛んでいきました。

ムーア博士は、「この方法を使えば、直径が最大4キロの小惑星の進路を核爆発で変え、地球との衝突コースから遠ざけられる可能性がある」と説明し、DARTミッションのように宇宙空間で実際の小惑星を使った実験で検証したいと語っています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 6
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 10
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story