コラム

推理小説の犯人当てシーンに影響? 「空気中の環境DNA」を調べれば「直前にいた人」が分かる

2024年04月16日(火)20時00分

一方、科学技術の発展によって、DNAは個体そのものからでなくても、つまり土壌や水、空気中に少量が拡散されて薄まった状態で、他の生物由来のものとごちゃまぜになって含まれていても、採取や分析できるようになっていきます。

環境DNA分析と呼ばれるこの手法は、たとえば湖の水中に放出された排泄物や粘液、剥がれ落ちた皮膚や鱗などから得られたDNAによって生息する複数種類の魚を同定できます。2019年にはイギリスのネス湖で「ネッシーは本当にいるのか」を調査するためにも用いられ、研究者らは「首長竜の生き残りではなく巨大ウナギと示唆される」と結論付けました。

空気に着目した理由

今回のフリンダース大の研究の発端は、「空気中の環境DNAから立ち去った犯人を特定することはできないか」です。実験は、南オーストラリア司法長官局の1部門であるForensic Science SA (南オーストラリア法科学所)のダンカン・テイラー博士と、ビクトリア州警察法医学部門のローランド・ファン・ウールショット博士が協力して行われました。

もともと犯罪捜査では、わずか数個のヒトの細胞からDNA鑑定をすることがあるといいます。ただし、Forensic Science SAによると、これらが証拠として役に立つ確率は低いそうです。そこで、犯罪現場でより多くのヒトDNAを溜めている可能性のあるものとして、空気に着目しました。

ヒトのDNAは、話したり呼吸したりした際に放出された唾液や、剥がれ落ちた皮膚細胞が空気中に漂って、環境DNAとして検出されることがあります。これらは犯人にとって、指紋を拭ったり犯行後に掃除をしたりしても、現場に残ってしまう可能性が高いそうです。特に、室内の空気を循環させるエアコン内部には、環境DNAが捕獲されて十分に蓄積されていることが期待されます。

実験1では、4つのオフィスと4つの住宅でエアコンを清掃して既存のDNAを除去した後に通常の生活をしてもらい、1日後、1週間後、4週間後にエアコンの様々な部位に付着した環境DNAサンプルを採取して分析しました。

その結果、1つを除くすべてのサンプルから、居住者と一致する環境DNAが見つかりました。居住空間に出入りする人の変化や滞在時間の違い、外部につながるドアの開閉の影響もあるので、一概にサンプル回収までの時間が長くなるほど環境DNAが得やすいとは言えませんが、エアコンの部位ではとりわけフィルターに多くの環境DNAが捕獲されることが分かりました。また、子供のDNAはより多く蓄積される傾向がありました。これは大人と比べて脱落率が高い(新陳代謝のサイクルが短い)せいと考えられます。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も

ワールド

米加首脳が電話会談、トランプ氏「生産的」 カーニー

ワールド

鉱物協定巡る米の要求に変化、判断は時期尚早=ゼレン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 6
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story