コラム

世界初、月面「ピンポイント着陸」に成功のJAXA...着陸6日目の成果と知っておきたい「10のトリビア」

2024年01月26日(金)21時05分

4)むしろ「100メートル以内」はどこから来た数字か

SLIMのピンポイント着陸は、従来よりも一気に精度が2ケタから3ケタ良くなる大成功を遂げました。

坂井教授によると、実はシミュレーションでは10回中7回は目標地点から10メートル以内の精度で月面着陸できていたと言います。しかも、誤差が100メートルを超えることはなかったそうです。

ならば、なぜ最初から「10メートル以内の精度を目指す」としていなかったのか、多少失敗しても「成功」と言えるように余裕のある数字を発表していたのか、などと穿った見方をする人もいるかもしれません。しかしJAXA関係者によれば、約20年前にSLIM計画が始まった当初から「100メートル以内のピンポイント着陸」が開発目標だったから、そのまま使っているということだそうです。

裏を返せば、20年前にJAXAが掲げた「100メートル以内の着陸を意図的に行う」という目標は、今回、日本がやってのけるまではどこの国も達成できなかったのです。狙った場所の10メートル以内まで一気に着陸精度を高めた日本は、月探査の新時代を担う存在として世界に大きくアピールできました。

5)太陽電池が動かないのはSLIMが倒れて西を向いているせい

JAXAは着陸から3日目の22日、「データによれば、SLIMの太陽電池は西を向いていて、今後、月面で太陽光が西から当たるようになれば、発電の可能性があると考えている」と発表しました。

つまり、太陽電池を亀の甲羅にたとえると、本来は甲羅が上になるように着陸するので背に太陽光を受ければ発電するはずだったのに、甲羅を横に、しかも現在は太陽がいない西に向けているために、太陽光を受けられずに発電できないということです。

もっとも、亀がお腹を上にしてひっくり返っているように太陽電池が完全に下側になっていれば、太陽がどのような方向に来ても太陽光が電池に当たることは難しく、復旧の可能性はほぼありませんでした。坂井教授は25日の記者会見で「よくあの形でとどまってくれたな、と正直思った」と語っています。

SLIMは正確な着陸姿勢を取ったり強度を担保したりするために、二段階着陸と呼ばれる①先に1本の主脚が接地して、②わざと倒れ込むような形になった後に残りの4本の補助脚が接地する方法を採用しています。

今回、SLIMで二段階着陸がうまくできなかった理由は、メインエンジンが1基だけになってしまって、横方向の速度や姿勢などの接地条件が仕様範囲を越えていたからと考えられています。

月は昼が約14日間、夜が約14日間続きます。今後は月の夕方になれば太陽は西に来るので、太陽電池が復旧するかもしれないと期待されています。ただしSLIMは赤道付近に着陸しており昼は100℃を超えるため、機器が高温にどれだけ耐えられるかも課題となります。

プロジェクトチームは、月の日没となる2月1日までの運用再開を想定して、準備を進めています。

6)小型月面探査ロボットLEV-2がSLIMの太陽電池が横向きになっている証拠写真の撮影に成功!

SLIMは高度5メートル付近で、搭載していた小型月面探査ロボット「LEV-1」「LEV-2」を切り離しました。

LEV-2は直径約80ミリ、質量約250グラムの野球ボール程度の大きさのロボットです。変形可能で、車輪を出してSLIMの周りを走行し、前後に1台ずつ付いているカメラで撮影します。画像処理によりSLIMが写っている画像を適切に選び、LEV-1を通して地球に送信できます。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECB、12月にも利下げ余地 段階的な緩和必要=キ

ワールド

イスラエルとヒズボラ、激しい応戦継続 米の停戦交渉

ワールド

ロシア、中距離弾道ミサイル発射と米当局者 ウクライ

ワールド

南ア中銀、0.25%利下げ決定 世界経済厳しく見通
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story