コラム

世界初、月面「ピンポイント着陸」に成功のJAXA...着陸6日目の成果と知っておきたい「10のトリビア」

2024年01月26日(金)21時05分

今回、LEV-2はSLIMが太陽電池を西に向けている月面写真を撮影し、複数枚の撮影画像の中からこの画像を選んで地球に送ることに成功しました。

坂井教授は、SLIMの現状姿勢に関する予想CGが作られてから、LEV-2によるSLIMの月面写真を見たといい「CGを写真で答え合わせをすることとなり、内容は予想通りだったが、実際のSLIMを撮影できたと思うと腰が抜けた」と心情を語りました。

LEV-2の担当で宇宙探査イノベーションハブ主任研究開発員の平野大地氏は、「データのロス部分が画像で線状に現れたり、高解像度で送信できなかったりしたのは少し残念」としながらも、「LEV-2による撮影は大金星」と会場から声がかかると笑みを浮かべました。

7)バッテリー切れが迫る中、着陸後に月の起源の謎に迫るカンラン岩候補の撮影に成功

着陸直後に太陽電池が発電していないことに気づいたプロジェクトチームは、探査機に蓄積されたデータの送信を最優先事項とし、不要機器やヒーターを切って節電しながらバッテリー残量のみで電源を確保しました。

その結果、着陸降下中にSLIMに記録された各種データ、画像について所定のものをすべて取り出せただけではなく、月の起源の解明に向けた科学観測用のマルチバンド分光カメラ(MBC)の運用にも成功しました。

着陸直後のJAXA関係者の見解は「月面活動による岩石観測は太陽電池が機能していないため難しく、バッテリー残量はあと数時間と見積もられている。SLIMの着陸前後のデータ送信が優先であることなどから、MBCの運用は視野が固定されるなど限られるのではないか」というものでした。

けれど実際には月面着陸後、MBCのロック機構を解除し、可動ミラーを動かして約45分間の観測を行い、257枚の低解像度モノクロ画像を撮像、合成して景観画像を作成することに成功しました。

このデータ量は本来の計画には届かなかったものの、景観画像から6個のカンラン岩候補も見つけられました。立命館大などから成る研究グループは、観測候補となるカンラン岩の相対的な大きさが分かりやすいように「セントバーナード、あきたいぬ、(トイ)プードル」などの愛称を付けました。

研究グループは、今後、電力が回復した場合、速やかに高解像度の分光観測ができるように準備を進めています。

8)JAXA関係者でも着陸中はSLIMの異常には気づかなかった

今回、何らかの異常が発生したと考えられる高度50メートル付近から、SLIMは1分に満たない時間で着陸しています。

異常発生後、メインエンジンの合計推力がほぼ半減したり、想定外の横方向移動をしたり、予定していた高度5メートルでのホバリングを行わなかったりしましたが、坂井教授によるとプロジェクトチームは着陸中にリアルタイムでは異常を察知していなかったと言います。

坂井教授は「あっという間に降りてくるし、何かあったとしてもこちらからは何もできない。むしろ着陸後に備えており、テレメトリ(遠隔)データが着陸モードになるとすぐに全機器のチェックをして、太陽電池が機能していないことが分かった」と説明します。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ネクスペリアに離脱の動きと非難、中国の親会社 供給

ビジネス

米国株式市場=5営業日続伸、感謝祭明けで薄商い イ

ワールド

米国務長官、NATO会議欠席へ ウ和平交渉重大局面

ワールド

エアバス、A320系6000機のソフト改修指示 運
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 9
    エプスタイン事件をどうしても隠蔽したいトランプを…
  • 10
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story