コラム

マイクロプラスチック摂取の悪影響、マウス実験で脳への蓄積と「異常行動」が観察される

2023年09月22日(金)21時10分
マイクロプラスチック

マイクロプラスチックはヒトの体内にも(写真はイメージです) SIVStockStudio-Shutterstock

<海洋生物では早くから報告されてきたマイクロプラスチックの健康への悪影響だが、哺乳類の健康への影響、とくに神経症状を調査した研究はほとんどなかった。様々な濃度のマイクロプラスチック入りの水を高齢マウスと若いマウスのグループに飲ませた結果...>

20世紀以降、人工物で分解されにくいプラスチックは、生活の中にどんどん増えています。経済協力開発機構(OECD)によると、2019年には世界で約4億6000万トンのプラスチックが消費され、プラスチックごみが約3億5300万トン発生しました。プラスチックごみは2000年の約1億5600万トンから倍以上に増加しています。

プラスチックごみで、とくに問題視されているのが「マイクロプラスチック」です。ペットボトルやビニール袋などは、自然環境中で紫外線などに晒されて劣化すると破砕・細分化され、概ね直径5ミリ以下の微小な粒子となるとマイクロプラスチックと呼ばれます。

微小粒子は海流や大気によって環境に拡散され、食物連鎖で濃縮されるため、生態系や健康に悪影響を及ぼすのではないかと懸念されています。実際に、海洋汚染の原因として最も注目を集めていますが、陸地でもいたるところに存在するためヒトの体内からも発見されています。

高齢マウスと若いマウス、マイクロプラスチックを混ぜた水を飲ませた結果

この状況を重くみた国連は、22年3月に開かれた国連環境総会(UNEA)で、プラスチック汚染防止の条約づくりのための政府間交渉を24年末までに終えることを決議しました。現在は、5回想定されている政府間交渉のうち2回終わっており、3回目の交渉が年内にケニアで行われる見込みです。

今年5月に広島で行われたG7サミットでも「2040年までに追加的なプラスチック汚染をゼロにする」ことが合意されました。これは、19年のG20(大阪で開催)で合意された「2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにする」という目標を10年前倒しし、汚染ゼロを地球環境全体に広げるものでした。

国連や各国の政治家がプラスチック汚染対策に動くなか、近年は科学者たちも精力的にマイクロプラスチックに関する研究を進め、環境に対する影響や体内での挙動を解明しようとしています。

今回、米ロードアイランド大の神経科学者であるジェイム・ロス博士ら研究チームは、高齢マウスと若いマウスのグループにマイクロプラスチックを混ぜた水を飲ませる実験を行いました。すると、脳を含むあらゆる器官にマイクロプラスチックは侵入し、特に高齢のマウスでは奇妙な行動が見られたと報告しました。研究成果は、国際学術誌「International Journal of Molecular Science」に先月1日付で掲載されました。

マイクロプラスチックの健康に対する影響は、どこまで分かっているのでしょうか。ヒトに関してはどのような報告がされているのでしょうか。近年の研究成果も合わせて見ていきましょう。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国GDP、第1四半期は前年比+5.4% 消費・生

ワールド

米テキサス州のはしか感染さらに増加、CDCが支援部

ワールド

米韓財務相、来週に貿易協議実施へ 米が提案

ワールド

WHO加盟国、パンデミック条約で合意 交渉3年余り
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気ではない」
  • 2
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ印がある」説が話題...「インディゴチルドレン?」
  • 3
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 4
    NASAが監視する直径150メートル超えの「潜在的に危険…
  • 5
    【クイズ】世界で2番目に「話者の多い言語」は?
  • 6
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 7
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 8
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    そんなにむしって大丈夫? 昼寝中の猫から毛を「引…
  • 1
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 2
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 3
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 4
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 5
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 6
    投資の神様ウォーレン・バフェットが世界株安に勝っ…
  • 7
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 8
    まもなく日本を襲う「身寄りのない高齢者」の爆発的…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 7
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story