コラム

オスだけ殺すタンパク質「Oscar(オス狩る)」のメカニズムが解明される

2022年11月29日(火)11時20分
リュウキュウムラサキ

ボルバキアに感染した母親が生んだ卵からはメスばかりが生まれる。写真はチョウ目で「オス殺し」が報告されているアワノメイガ Tomasz Klejdysz-iStock

<共生細菌ボルバキアが持つ昆虫のオスだけを殺すタンパク質の仕組みが、東大の研究チームによって解明された。宿主の昆虫種や戦略上の理由、ヒトの生活との接点とは>

東大大学院農学生命科学研究科の勝間進教授らの研究チームは、オスだけを狙って殺すタンパク質を同定し、メカニズムを解明したと発表しました。研究成果は14日、オープンアクセスの学術誌『Nature Communications』で公開されました。

「Oscar(オス狩る)」と名付けられたこのタンパク質は、昆虫の体内でよく見られる共生細菌のボルバキアが持つものです。

ボルバキアは感染した宿主(昆虫)の生殖システムに対して、オスのみの死、オスのメス化など様々な操作をします。「共生細菌」と呼ばれていますが、宿主の性を自己の増殖に都合の良いように変化させる「性決定システムの乗っ取り」を行う「侵略者」とも言えます。

今回の研究と、ボルバキアの性状やその活用について概観しましょう。

4種類の性・生殖操作で繁殖を有利に

ボルバキアは65%以上の昆虫種に感染している共生細菌です。宿主の様々な器官に感染しますが、卵巣にはほぼ確実に存在しています。ミトコンドリアのように母から子に伝わる性質を持つため、ボルバキアが次世代に子孫を伝えるためにはメスに感染しなければなりません。

研究が進むにつれ、ボルバキアは宿主の昆虫種によって異なる4種類の性・生殖操作を行って、自己の繁殖が有利になるようにしていることが分かりました。

ボルバキアが行う宿主の性・生殖操作は、次の通りです。


①細胞質不和合:感染していないメスの繁殖を感染したオスが妨害する

②単為生殖:メスがオスなしで子孫を産めるようにする

③性転換:遺伝的にオスである宿主をメスに変える

④オス殺し:オスの卵のみ発生初期に殺し、メスだけが生まれるようにする

この細菌は1924年にMarshall HertigとS. Burt Wolbachによってアカイエカから発見され、36年にHertigによって正式にWolbachia pipientisと命名されました。しかし、その後数十年間は、ほとんど注目されませんでした。

ボルバキアが再注目されるのは、71年にアカイエカにおいて、ボルバキアによる「細胞質不和合」が観察されたことがきっかけです。これは、ボルバキアに感染したオスと感染していないメスとの交配でできた卵は殺される(発生しない)が、感染したメスの卵は正常に孵化するため、結果的に感染したメスの割合が集団内で高くなっていくという仕組みです。その後の研究で、細胞質不和合はボルバキアが起こす宿主の生殖操作として最も一般的であることが分かりました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

10月全国消費者物価(除く生鮮)は前年比+2.3%

ワールド

ノルウェーGDP、第3四半期は前期比+0.5% 予

ビジネス

日産、タイ従業員1000人を削減・配置転換 生産集

ビジネス

ビットコインが10万ドルに迫る、トランプ次期米政権
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story