コラム

原木を叩く、浸す、通電する... 民間伝承から生まれた奇妙なシイタケ増産法

2022年02月15日(火)16時25分

同じ頃、栽培農家は、長雨や雷、地震の後に原木に生えるシイタケが増えることから、原木に何らかの刺激が与えられると成長が早まることに気づきます。

生産者たちは次第に「人工的に刺激を与えれば、意図的にシイタケを増やせるのではないか」と考えるようになり、「浸水打木」、つまり、ほだ木を水に浸けた後に叩いて刺激を与えることでシイタケの収量を増やす方法に取り組み始めます。

冒頭の大分県農林水産研究指導センターのシイタケ増産法は、詳しくは「キノコ(子実体)の発生の約2週間前に、ほだ木に散水して10回たたく」というものです。「浸水打木」のバリエーションではありますが、「打木前に散水」「ハンマーで表と裏を5回ずつ叩く」「木の断面よりも樹皮を叩く方が効果は大きい」など、誰もが再現しやすい、効率的な増産方法を編み出したところに価値があります。

現在でも、刺激を受けるとなぜシイタケが増えるかのメカニズムはよくわかっていません。キノコには、キノコの傘の部分(子実体)と傘の部分を支える根の部分(菌糸)があります。菌糸は新しくキノコの傘の部分を作り出すことができます。子実体は植物で言えば種を作る花に相当するので、シイタケが生命の危機を察知して子孫(胞子)を作れる子実体を成長させて次世代に継承しようとするのではないか、と説明する研究者もいます。

雷の衝撃が菌糸の活動を活発に

「雷が落ちるとシイタケが増える」という民間伝承に着目し、メカニズムを解明してシイタケ増産に貢献しようとする研究も進んでいます。

岩手大学の高木浩一教授らのグループは10年以上前から、高電圧発生装置によってほだ木に人工の雷を落とす実験をしています。

自然界の稲妻は電圧が10億ボルトにも及ぶことがあり、落雷の直撃を受ければシイタケは黒焦げになります。けれど、落雷地点の近くにあるシイタケは、地中を通って弱くなった電荷を浴びて生長が促される可能性があります。そこで研究チームは、5万~12万5千ボルトをほんの一瞬だけ(1千万分の1秒)ほだ木に流しました。すると、何もしないほだ木に比べて、平均して約2倍のシイタケが収穫できました。

雷などの衝撃を受けると、ほだ木の中の菌糸は切れて活動が一時的に止まった後、活発になることが分かってきました。数万ボルトの電圧によって、ほだ木内に含まれる窒素から窒素化合物ができて菌糸の栄養分となり、子実体の生長を促すことも確認されています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:FRB当局者、利下げの準備はできていると

ワールド

米共和党のチェイニー元副大統領、ハリス氏投票を表明

ワールド

アングル:AI洪水予測で災害前に補助金支給、ナイジ

ワールド

アングル:中国にのしかかる「肥満問題」、経済低迷で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本政治が変わる日
特集:日本政治が変わる日
2024年9月10日号(9/ 3発売)

派閥が「溶解」し、候補者乱立の自民党総裁選。日本政治は大きな転換点を迎えている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 2
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が増加する」農水省とJAの利益優先で国民は置き去りに
  • 3
    メーガン妃の投資先が「貧困ポルノ」と批判される...「アフリカの女性たちを小道具として利用」「無神経」
  • 4
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 5
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 6
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元…
  • 7
    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…
  • 8
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 9
    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…
  • 10
    川底から発見された「エイリアンの頭」の謎...ネット…
  • 1
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 2
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 3
    中国の製造業に「衰退の兆し」日本が辿った道との3つの共通点
  • 4
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 5
    死亡リスクが低下する食事「ペスカタリアン」とは?.…
  • 6
    大谷翔平と愛犬デコピンのバッテリーに球場は大歓声…
  • 7
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 8
    再結成オアシスのリアムが反論!「その態度最悪」「…
  • 9
    エルサレムで発見された2700年前の「守護精霊印章」.…
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
  • 1
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 2
    寿命が延びる「簡単な秘訣」を研究者が明かす【最新研究】
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story