コラム

原木を叩く、浸す、通電する... 民間伝承から生まれた奇妙なシイタケ増産法

2022年02月15日(火)16時25分
シイタケ

「浸水打木」は誰もが再現できる、効率的な増産法(写真はイメージです) nikkimeel-iStock

<理屈は不明でも効果は確か──刺激を与えて収量を増やすシイタケ栽培は科学技術の先を行く?>

2月初めに、大分県農林水産研究指導センターは「シイタケの原木栽培で『ほだ木(シイタケ菌を接種した原木)』をハンマーで10回叩くと、収量が倍増した」と発表しました。

このテクニックを全国で使えば、今年から日本のシイタケ生産量は倍増する?!と考えたくなりますが、実はシイタケ農家では昔からほだ木を叩いています。理屈がわからないながらも、シイタケの収量が確かに増えるからです。さらに原木は、水に沈められたり電気ショックをかけられたりすることもあります。民間伝承から生まれた、奇妙なシイタケ増産法を紹介しましょう。

人工栽培は江戸時代から

生シイタケは、エノキ、ブナシメジに次いで日本で3番目に多く生産されているキノコです。年間生産量は7万280トン(2020年)で、都道府県別の生産量は、1位徳島県7,912トン、2位北海道5,424トン、3位岩手県4,734トンです。

栽培方法には、ほだ木を使う原木栽培(7.7%)と、おがくず等と養分を混ぜた培地に菌を植え付ける菌床栽培(92.3%)があります。原木栽培は、手間とコストがかかるうえ重労働なので、取り組む農家は年々減っています。けれど、原木栽培のシイタケは菌床栽培のものよりも味、肉質、香りに勝るので、農家は低コストで収量をあげる方法を探って日々奮闘しています。

シイタケは、生食とともに乾シイタケとしてもなじみ深い食材です。乾シイタケは2020年に2,634.6トン生産され、都道府県別では1位の大分県産が約4割を占めています。

日本ではシイタケは古くから自生していました。もっとも、マツタケやマイタケのように際立った香りがあるわけではないので、かつては特別には注目されていませんでした。

9世紀頃に中国から乾シイタケとして食べる方法が持ち込まれて香りや旨味が知られるようになり、とくに精進料理の出汁として重視されるようになりました。日本産の乾シイタケは中国への輸出品としても重要でした。曹洞宗の開祖、道元(1200-1253年)が執筆した「典座教訓」には、日本船が着くと寺の老僧が乾シイタケ(倭椹)を買いに行った逸話が紹介されています。

シイタケの人工栽培は、江戸時代に始まりました。豊後国(現在の大分県)の炭焼きの源兵衛が、炭にする木に鉈(ナタ)で傷を付けて放置していたらシイタケが発生したことから、「鉈目栽培法」を発見したと言われています。この栽培法は、原木に鉈で傷をつけて、その傷口にシイタケの胞子(親シイタケから飛び出すシイタケの「子」)が自然に飛んでくるのを待つという博打のような方法でした。

明治以降に「胞子の粉末を水に混ぜ込んで原木に植え付ける」「おがくずを使って種菌を作る」などの栽培技術の進歩があり、1943年に現在と同じ原木栽培法が確立しました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米3月小売売上高1.4%増、約2年ぶり大幅増 関税

ワールド

19日の米・イラン核協議、開催地がローマに変更 イ

ビジネス

米3月の製造業生産0.3%上昇、伸び鈍化 関税措置

ビジネス

カナダ中銀、金利据え置き 米関税で深刻な景気後退の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気ではない」
  • 3
    【クイズ】世界で2番目に「話者の多い言語」は?
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    紅茶をこよなく愛するイギリス人の僕がティーバッグ…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    NASAが監視する直径150メートル超えの「潜在的に危険…
  • 9
    あまりの近さにネット唖然...ハイイログマを「超至近…
  • 10
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 1
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 2
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 3
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 4
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 5
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 7
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 8
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 9
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 10
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story