コラム

AIが招く雇用崩壊にはこう対処すべき。井上智洋著「人工知能と経済の未来」【書評】

2016年07月21日(木)11時15分

<AIの進化による雇用の消滅は否定しようもなく近づいている。経済学者の立場からこの問題に取り組む著者は納得の解決策を提唱する>

 人工知能(AI)が急速に進化し始めたことに気づいたのがちょうど2年前。急いで主なAI研究者を取材して回ったが、AIの研究者たちはみな「雇用が順番に消滅していく」という未来予測を口にした。しかもその時期は、2030年から2045年。もうすぐそこまで来ている未来だ。

 経済はどうなるんだろう。社会制度はどうなるんだろう。当然のことながらAIの研究者たちは、そうした問いに対する明確な答えを持っていなかった。

 経済学者でこの問題に取り組んでいる人はいないのだろうか。周りの人たちに聞いて回ったが、そんな経済学者を知っている人は一人もいなかった。たまたま高校時代の親友が大学で経済学を教えているので彼にも聞いた。「そんな話、聞いたこともない」というのが彼の返事だった。

 経済学がこの問題に取り組んでいない。衝撃だった。

【参考記事】AI時代到来「それでも仕事はなくならない」...んなわけねーだろ

 しかしある意味、当然かも知れなかった。経済学は希少性の学問だと言われる。資源や富の量には限度がある。限られた資源や富をどう分配するのか。それを研究するのが経済学だと言われる。

 しかしこれから我々が迎えようとするのは過剰性の社会。AIとロボットが人間に代わって富を生み出すようになるので、物が有り余るようになる社会だ。前提が、希少性から過剰性へと180度変わるのだから、経済学が対応できていないのも無理もない話だった。

 でもだれかがしっかりと考えないといけない。大変化は、すぐそこに迫っているのだから。

【参考記事】MITメディアラボ所長 伊藤穰一が考える「AI時代の仕事の未来」

AI対策としてのベーシックインカム

 そんなとき取材先のAIの研究者から「早稲田の井上先生という若い経済学の先生が研究しているらしい」という情報を聞きつけた。急いで、当時、早稲田大学の助教だった井上智洋氏を訪ねた。

 井上氏の主張は明確だった。「AIが人間並みの知性を持てば仕事がなくなる。なのでこれからの社会保障としてBI(ベーシックインカム)を導入すべきだ」というものだ。

 AIの変化に対応するためにBIを導入する。こういう主張は、それまで日本国内でも聞いたことがなかった。世界的に見ても井上氏が最初の提唱者の一人であったのではないかと思う。

【参考記事】「スーパー人工知能」の出現に備えよ-オックスフォード大学ボストロム教授

 賃金を受け取ることのできる仕事が次々と消滅していくようになるのだから、貨幣の流通量が減り、経済が縮小する恐れがある。遠い未来には、貨幣が流通しなくなり、資本主義が自然死するだろう。そうなっても、ボタン1つで欲しいものが手に入るテクノロジーがあるのであれば、それはそれで楽園かもしれない。

 ただそこにいく過程では、人工知能を使いこなすことで巨額の富を得る富裕層と、仕事がなくなる貧困層との間の格差は広がる一方だ。究極の未来はユートピアであっても、そこに至るまでにディストピアが待ち受けているわけだ。そのディストピアの中で人々の苦しみを少しでも軽減するための政策として、国民一人ひとりに最低の生活ができる「手当」のようなものを配布する。それがベーシックインカムの考え方だ。「子供手当」に加えて「大人手当」を配布するようなイメージだ。井上氏によると、その財源の確保も問題ではないという。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

フィンランドも対人地雷禁止条約離脱へ、ロシアの脅威

ワールド

米USTR、インドの貿易障壁に懸念 輸入要件「煩雑

ワールド

米議会上院の調査小委員会、メタの中国市場参入問題を

ワールド

米関税措置、WTO協定との整合性に懸念=外務省幹部
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story